2016年5月15日日曜日

南シナ海での権益維持にアメリカは主導権を発揮できるか? ~「日米同盟」のとらえ方~

南シナ海問題には長期戦で臨め

岡崎研究所
20160513日(Fri) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6671

 米戦略予算評価センター(CSBA)のアンドリュー・クレピネビッチ前センター長が、同センターのサイトに2016330日付で「南シナ海長期戦」と題する論説を寄せ、南シナ海問題は重要貿易路の航行の自由にかかわり、米中間の長期的競争の一部である、ベルリンの封鎖や壁建設にトルーマンやケネディがしたような対応をするなど、軍事的に覚悟を持って取り組むべし、と論じています。同人の論旨は次の通りです。
対艦巡航ミサイルや長距離地対空ミサイルが配備されたという南シナ海の永興島(Getty Images

軍事バランスの変化狙う中国
 孫子は「戦わずして敵の抵抗を破るのが最善」と言った。近代の軍事用語では、決定的な「立場上の優位」を達成すると表現される。中国は孫子に倣い、南シナ海の諸島に戦闘機、レーダー、ミサイルを配備し、軍事化を続けている。中国の短期的な狙いは東南アジア諸国に「立場上の優位」を樹立することである。長期的には彼等の米への信頼をなくさせ、中国の地域秩序構想に従うように軍事バランスを変えることである。
 中国は日本、比、韓国、台湾の戦略的貿易ルートに地位を築こうとしている。中国軍は比、越、インドネシア、マレーシア、シンガポールの近辺に展開している。
 中国が西太平洋の覇権国となることを追求する中で、地域諸国は米国の支援をあてにしているが、米国の対応は不十分である。5年前、オバマ大統領はアジアへの「リバランス」を発表したが、これはレトリックに終わっていて現実にはなっていない。
 2016年、米国は航行の自由作戦を展開、ケリー国務長官は「非常に深刻な話し合い」を北京とすると言っているが、安定した軍事バランスと同盟国の信頼を再確立するためには、もっと多くのことが必要である。

南シナ海問題で米国がすべきことは
 第1:南シナ海の航行の自由確保で米国は指導力を示すべきである。オバマは前任者たちに倣いうる。1948年スターリンがベルリン封鎖をした時に、トルーマンはベルリン空輸を実施した。フルシチョフがベルリンの壁を作ったとき、ケネディは陸軍部隊を伴う輸送車両を東ドイツ領経由ベルリンに向け送った。1973年、カダフィがシドラ湾領有を宣言した際、米国は航行の自由パトロールを行った。1987年、イランがペルシャ湾の航行の自由を阻害しようとしたとき、レーガン大統領は米海軍にクウェートのタンカーのエスコートを命じた。
 2月にハリス太平洋軍司令官は航行の自由作戦を増やすと発表したが、有益な第一歩である。日豪もこのパトロールに参加するように奨励されるべきである。航空機の飛行も行うべきであるし、民間の航空機と船舶のエスコートもすべきである。これらのことを早く実施すべきで、中国に既成事実を作らせてはいけない。
 第2:我々は中国と「立場上の優位」をめぐって長期の競争にあることを認識し、対応すべきである。比、越などは米国と協力する用意がある。マニラは4つの空軍基地と1つの陸軍基地の提供を申し出、米国はそれを受け入れた。米国はパラワン島への陸軍部隊配備をし、防空能力、ミサイル防衛、対艦巡航ミサイル、長距離ロケット砲を配備すべきである。この配備で、中国が「立場の優位」を獲得するのを拒否しうる。越は南シナ海の西側で同じようなことをするように奨励されるべきである。
 中国が「新常態」を作り出し、同盟国が米国への信頼をなくす前に、行動しなければならない。中国の平和的な意図の声明に頼る時期は過ぎ去った。米国が正面から指導する時である。
出典:Andrew F. Krepinevich,The South China Sea Long Game’(CSBA, March 30, 2016
http://csbaonline.org/2016/03/30/the-south-china-sea-long-game/
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軍事力展開以外の選択肢はない
 この論説は、的を射た良い論説で、賛成できる内容です。
 今般の核セキュリティ・サミットの際のオバマ・習近平会談でも、習近平は南シナ海での中国の行動を正当化したようです。中国が軍事力を使って、9段線で囲まれる地域の主権を主張し、「核心的利益」であるとして聞く耳を持たないとの姿勢をとる以上、米国としては軍事力を展開して、対抗していく以外に選択肢はありません。この論説が推奨しているようなことをしていくべきでしょう。
 クレピネビッチは南シナ海問題とベルリン封鎖などを比較し論じていますが、国際法に反する主張を拒否するという観点からは、これらの比較も適切です。しかし、トルーマン、ケネディ、レーガンを一方におき、オバマを他方において比較すると、軍事力行使への姿勢が大きく異なります。そのうえオバマは、米国は世界の警察官ではないと述べ、米国の役割を制限する傾向を持っています。したがって今後の米の対応がこの論説の主張するようなものになるかはよく分かりません。
 中国の平和的意図の声明などに頼る時期はとうに過ぎ去ったと言うのは、その通りです。中国の行動を見ていると、中国の共産党独裁政権は信用に値しないと結論せざるを得ません。
 米中関係は今後、悪化していく可能性が高いですが、これは日本にとって悪い事ではありません。中国の脅威をきちんと認識せず、経済的利益に目を奪われて中国の無理を通す米国より、中国に対決的で、日本重視の米国の方が我が国の国益に資すると言ってよいでしょう。
《維新嵐》南シナ海、東シナ海、西太平洋は、第二次大戦においての日米戦争でアメリカが大日本帝国に変わって自由航行の権益や島嶼の統治権を行使できるようになった地域といえます。しかし戦後70年を経た今日では共産中国の海洋覇権を求める動きによって、現状変更の危機にさらされているという状況です。南シナ海の南沙諸島、西沙諸島は既に人民解放軍により「要塞化」されており、アメリカが今までの権益を維持するためには、政策の変更が不可欠であることは論を待ちません。そういう意味では対応的にはオバマ政権は後手に回っていた印象はぬぐえません。
 共産中国を「抑止」するためには、海軍力、空軍力を中心とする軍事力は不可欠ですが、それだけでは抑止は不可能であることは事実が証明しています。「戦わずして勝利する」ための政治力を基礎にした外交力も強力に行使しなければアメリカは国防圏の防衛すら困難になるように思います。
 アメリカを中心とした海洋国家、自由主義民主主義の理念を共有できる国家による集団安全保障体制の結束が重要と考えます。そのコアに我が国の海軍力を中心とする軍事力と官僚に影響されない政治主動力が大きな意味を持ちます。今や日米安保条約の体制は、東アジア全体の自由民主主義体制の秩序を守るためのカギであり、単なる日米の従属関係的な、日本を縛るための道具ではないという認識をあらたにすべきです。
米国内の反応は?日米同盟を揺るがすトランプ発言
これを機に脱却すべき「日米同盟ありき」という思考回路

北村淳 2016.5.12(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46801
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。米シンクタンクで海軍アドバイザーなどを務める。現在安全保障戦略コンサルタントとしてシアトル在住。日本語著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)等がある。

米ワシントン州リンデンで開かれた選挙集会で演説するドナルド・トランプ氏(201657日撮影)。(c)AFP/Jason RedmondAFPBB News

アメリカ共和党の大統領候補ドナルド・トランプ氏が、「アメリカはドイツ、日本、韓国などの同盟国を守っているのだから、それらの同盟国は米軍駐留経費の全額を負担すべきだ」と公言した。
 日本ではこの言動がメディアに大きく取り上げられ、日本政府も反発している。だが、アメリカでは極東軍事戦略に関与している軍関係者以外にはほとんど関心が持たれてはいない。それはトランプ候補の発言の内容が、専門知識のある人々以外の多くのアメリカ人にとってはさしたる疑問も感じられず、「当然」と受け止められているからかもしれない。
8年前の大統領選挙の際には、当初は優勢であったヒラリー・クリントンにせよ現オバマ大統領にせよ、民主党候補者が大統領になれば「間違いなく軍事費が削減されアメリカの軍事力が低下するであろう」と多くの米軍戦略家たちが危惧していた。その危惧は現実のものとなったどころか、オバマ政権が2期続いたため国防費は大削減され、米軍戦力は予想を大きく上回って弱体化してしまった。
 トランプ候補に対しては、少なくとも米軍戦略家の間ではこのような危惧は囁かれていない。同候補は、基本的には国防予算を増額して(といっても大削減された軍事費を10年前の水準に戻す努力を開始するということになるのであろうが)軍事力の弱体化に歯止めをかけ、“世界の警察官”としての地位を復活させると公言しているからである。

“まとも”なアドバイザーがいないトランプ陣営
ただし、極東軍事戦略に関与する人々にとっては、この限りではない。アジア地域においてアメリカの軍事力が低下することを懸念している。
 というのは、日本のメディアも盛んに取り上げているように、トランプ氏が日本をはじめとする同盟国に「米軍駐留費の全額を要求する」と公言しているからだ。
 米軍の日本駐留に話を絞ると、先週訪米中であった石破氏も公の場で苦言を呈したように、トランプ氏の日米同盟に関する言動はあまりにも稚拙に過ぎる。もっとも、このような言動はトランプ氏本人の問題というよりは、トランプ陣営には安全保障あるいは極東政策の“まともな”ブレーンが存在していないことの何よりの証左ということができよう。
 元国務長官も務めた民主党のヒラリー・クリントン陣営の場合、安全保障並びに東アジア戦略に関する強力なアドバイザーをずらりと揃えている(ただし、対日戦略に関しては決してそのようには見受けられないのであるが・・・)。
つまり、アメリカは傭兵派出国家に転落し、とても国際社会から頼りにされる“世界の警察官”とはなりえない。トランプ氏の標語である「偉大なアメリカの復活」という理想は、日本をはじめとする同盟国から米軍駐留費全額を徴収しようとした瞬間に消えて無くなってしまうのだ。
 もちろん、軍事同盟を金銭面でしか捉えていないトランプ氏や、そのような暴言を支持する無知な聴衆たちと違って、米軍関係戦略家たちはトランプ氏の言動が実現可能であるとは微塵も思っていない。
 共和党の大統領候補になったからには、安全保障や極東戦略を担当する“まとも”なブレーン集団が雇われて、トランプ氏の日米同盟をはじめとする軍事同盟に関する認識が是正されるものと、それらの戦略家たちは考えている。
 したがって、「現段階でトランプ大統領候補による日米同盟の無理解を、必要以上にとやかく騒ぎ立てることはあるまい」というのが日米同盟の内容を知る“まとも”な米軍関係者たちの考えである。
オプションのあるアメリカ、オプションのない日本
とはいうものの、日米同盟の内容を十分に理解していないトランプ氏の言動に疑義を呈するのは、米国では一握りの事情通の軍関係者だけである。アメリカ社会における日米同盟に対する認識はその程度であることを、日本防衛当局や国会は理解しておかねばならない。
 つまり、米国でトランプ氏のような「米軍駐留費全額を負担しろ」といったような無理難題が浮上して、日米安全保障条約が大幅に変容(あるいは廃棄)される日を想定した国防戦略を準備しておくことも、日本の国会や政府の責務である、ということだ。
それに反して、トランプ陣営ではそのようなアドバイザーが、まったく見受けられないというのが米軍戦略家たちの見方であった。まさにその結果として、上記のような稚拙な暴言が飛び出してしまったと言えよう。
トランプ氏の認識は本選に向けて「是正」される?
そもそも、在日米軍に関係する費用を全て日本に出させるというならば、在日米軍は日本の傭兵部隊ということになり、当然ながら日本防衛以外の任務を遂行することを日本が拒絶することが可能になる。
少なからぬ米軍関係戦略家たちは常日頃次のように述べている。
「日米安保条約に頼りきり『国防戦略といえば日米同盟』といったゼロオプションの日本と違い、我々は日米同盟が機能しなくなった場合のいくつかのオプションを用意してある。もちろん、米軍戦略家に日米同盟の継続を望まない者が存在するとは思えない。だがいずれにせよ、オプションのない日本と違い、アメリカにはオプションがあることだけは確かだ」
 米海兵隊は沖縄にはできる限り居続けたいと考えている。その理由は、沖縄が東北アジア地域の戦略要地である上に、ジャングル戦闘訓練センターという得難い演習場も存在するからである。だが実際には、沖縄から総撤退した場合の極東戦略の仮案をいくつか立案しているという。
 もっともアメリカ海兵隊の格言の1つに「我々には、永遠の友もいないし、永遠の敵もいない」というものがある。そうである以上、永遠に日米同盟が継続し、永遠に海兵隊が沖縄や岩国に基地を構え続けるなどとは海兵隊自身も想定はしていない。
 トランプ氏の暴言を1つのきっかけとして、日本国防当局も「すべての国防戦略は『日米同盟ありき』を出発点とする」というこれまでの思考回路から脱却するべきであろう。日米同盟がなんらかの理由によって機能不全に陥った事態を前提にした国防戦略の立案に着手することが望まれる。
 《維新嵐》ドナルド・トランプ氏は、それなりの政治的な立場になればおそらくアジアの安全保障体制についての認識も変化してくる、変化せざるを得ないのではないでしょうか?
 日米安全保障体制がアジアでどんな意味付けをもっているのか、よく理解できていない政治家もアメリカ国内に多くいることを日本人は知ることができましたね。
アメリカ人が中国大陸への何か歴史的なものなのか、経済的なものなのか、ある種の幻想的な関わりは、海洋権益の侵害という昨今の現状をみることによってオバマ大統領も気づきましたが、次期政権でもあらためられていくべきでしょう。そうでないとアメリカ自体が歴史的に積み重ねてきたアジア太平洋の権益を失うばかりかと思います。

【トランプ批判】


米ハドソン研究所米海軍力センター副所長ブライアン・マグラス氏

「自衛隊がいかに強力か、トランプ氏は分かっていない」
2016.4.9 19:16更新 http://www.sankei.com/world/news/160409/wor1604090051-n1.html
【プロフィル】ブライアン・マグラス

 米ハドソン研究所米海軍力センター副所長、防衛コンサルティング会社「フェリーブリッジ・グループ」経営。米海軍でミサイル駆逐艦「バルクリー」艦長などを歴任。

米大統領選でトランプ氏が共和党指名候補になれば党は破壊され、大統領になれば国、世界にとり非常に悪いことになると考え、友人のエリオット・コーエン(米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院教授)と一緒に公開書簡への呼びかけを始めた。
 トランプ氏は20数年来、同盟国が負担を引き受けないようなことを米国はやめさせるべきだと主張している。一方で、(イラクの)油田を爆撃して原油を手に入れろという。一貫した世界観があれば「新孤立主義」と「軍事的冒険主義」は両立しないはずだ。
 日韓に駐留米軍の費用を負担させるように主張しているトランプ氏は両国がどれだけの駐留経費を負担しているか理解していない。自衛隊がいかに強力かも分かっていない。
 (大統領になれば穏健路線を取るとの見方には)「希望は戦略ではない」といいたい。トランプ氏が穏健になったら、すべての支持者が激怒する。
 私は安倍政権の下で脅威を深刻にとらえ、日本国民の間に憲法の見直しや日本の役割強化を認める動きがあることがうれしい。大統領候補は同盟国とともに中国に強い姿勢を示したいと思うものだが、トランプ氏はそんなことは言わない。
 米国の「核の傘」はアジアの安定にとって有益だった。確かに核兵器や米軍駐留には費用がかかるが、米国が得る経済的な利益は大きい。トランプ氏のいうように米軍の撤退で軍拡競争の拘束が解かれれば不利益が生じる。(談)

【トランプ批判】②


《日米同盟が消える日
米軍撤退すれば中国がすぐに尖閣奪う
トランプ大統領で「同盟解体」悪夢のシナリオとは…
2016.5.24 11:01更新 http://www.sankei.com/politics/news/160524/plt1605240006-n1.html
 平成28517日夜、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ。警視庁警護官(SP)が不審者をあぶり出すべく監視の目を光らせる中、館内のレストランでは、安倍晋三首相がブッシュ前米大統領と食事をともにしていた。
 当時の小泉純一郎首相とともに最良の日米関係に押し上げたブッシュ氏。安倍首相も官房副長官として訪米に同行してきたため思い出話は尽きなかったが、自然と日米間の“懸案”に話題は及んだ。不動産王、ドナルド・トランプ氏が大統領になったら、日米関係はどうなるのか-。
 「私は一線を退き、責任ある立場ではないが…」
 ブッシュ氏はこう前置きすると米大統領選の見立てを語り出した。「トランプ氏が勝つのは五分五分ではないか」。そして勝ったときの日米関係にも触れた。
 「大統領になっても安全保障上、悲観的には考えていない。ただ日本に在日米軍の費用を全額負担させるかは本当に分からない…」
 安倍首相はその言葉に黙って聞き入った。
 米大統領選で共和党候補指名を確実にしたトランプ氏は痛烈な日本批判を展開してきた。「同盟の解体」にまで踏み込み、日韓の核武装容認にも言及した。日米の当局者は困惑しつつも冷静に受け止めてはいる。
 アジア政策に関わる米政府当局者は「政権発足に近づけば専門家のブリーフィングを受け、現実路線に近づく」とし、予算や条約に関する米議会の権限の強さも制約になるとみる。日本政府筋も「レーガン元大統領も、登場したときは『大丈夫か』といわれたが、立派な実績を残した。トランプ氏の発言も選挙向きの側面がある」と分析する。
 しかし、そうした楽観的な予想に反し、「同盟解体」のプロセスが現実化したら、見えてくるのは悪夢のシナリオだ。
 海上保安庁巡視船が連日、中国公船とにらみ合う尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域。中国は海軍艦艇の本格的な投入は避けてきた。在日米軍の「抑止力」が、その大きな要素であることは間違いない。しかし、同盟解体で均衡はもろくも崩れ去る。
 「米軍が日本から撤退すれば、すぐに中国は尖閣に上陸する」
 前海上自衛隊呉地方総監の伊藤俊幸氏はこう断言する。「日本にとっては大戦争だが、中国にしてみれば、せいぜい武力接触程度の認識でできる」
 シナリオはこうだ。中国軍による尖閣占拠に対抗し、日本は首相が戦後初の防衛出動を下令。自衛隊が奪還のため急派され、交戦状態に突入する。
 潜水艦など能力に勝る自衛隊は犠牲を払いながらも尖閣を取り戻す。だが、物量で優位に立つ中国は二の矢、三の矢を放ち続ける。自衛隊は憲法の制約で「専守防衛」に特化した装備のため中国が出撃拠点とする軍港や空港をたたくことができない。その役割を担っていた米軍は、もういない。戦いは長期化し、「最後は疲弊して尖閣は取られてしまう」(伊藤氏)。
 確かに、平和に慣れた目には現実離れしたシナリオに映る。しかし、「力の空白」が紛争に直結することは歴史を見れば明らかだ。
 1950年代以降、フランスや米国、ソ連(当時)がベトナムやフィリピンから軍を撤退させた。中国はこの「力の空白」につけ込む形で南ベトナム(当時)との交戦を経て74年、パラセル(中国名・西沙)諸島全域を支配。スプラトリー(同・南沙)諸島では88年、岩礁にこもった60人余りのベトナム兵を機関砲で殺戮して岩礁を占拠した。
 日米同盟解体の影響は日本だけにとどまらない。在日米軍の撤退は、米国の対中防衛ラインの後退に伴い必然的に在韓米軍の引き揚げに直結し、朝鮮半島の軍事的均衡も崩れる。中国による台湾侵攻が現実味を帯び、南シナ海は完全に「中国の海」と化す。21世紀の「火薬庫」アジアに火が付けば、国際情勢は一気に予測不能に陥る。
「(米軍が)日本から引き揚げるというなら、われわれは自主防衛。十分やっていける」
 19日、都内の日本外国特派員協会で、亀井静香元金融担当相はそう気勢をあげた。石原慎太郎元都知事とともに、トランプ氏に対談を申し入れたことを明かした記者会見の席上だ。
 日米同盟が解体され米軍が日本から撤退すれば、日本が取り得る現実的な選択肢は自主防衛だけだ。「自分の国は自分で守る」という気構えは当然でもある。日本は自主防衛で「十分やっていける」のか-。
 自主防衛となれば、日本はこれまで米軍に依存してきた防衛力を独自に整える必要性に迫られる。日米同盟には自衛隊を「盾」、米軍を「矛」とする役割分担がある。日本は「専守防衛」の方針のもと、空母機動部隊や弾道ミサイル、巡航ミサイルといった「矛」にあたる装備体系を持たない。敵国が発射しようとするミサイルの基地を攻撃することすら自前でできない。北朝鮮の弾道ミサイル迎撃という「盾」の部分でも、発射の第一報を探知する衛星情報は米国に依存する。戦闘機やイージス艦のシステムなど、不可欠な装備も多くが米国製だ。
 自主防衛の実現可能性を、数字で検証した試みがある。防衛大学校の武田康裕、武藤功両教授らは平成24年の著書『コストを試算! 日米同盟解体』(毎日新聞社)で、自主防衛をとる場合のコストを試算し、「22兆2661億~23兆7661億円」という結果をはじき出した。
 内訳は、米軍撤退で駐留経費負担4374億円が不要となるが、新たに空母や戦闘機、情報収集衛星など、米軍に依存してきた装備を4兆2069億円で取得する必要がある。維持コストなどを除外した試算だが、消費税でいえば2%の負担増になる。
 コストはハード面にとどまらない。「日米同盟が解体されるということは、日米の政治・経済の協力も損なわれることを意味する」(武田氏)からだ。
 経済面では、貿易途絶▽株価下落▽国債の金利上昇▽エネルギーの調達コスト上昇-などの影響で、最大21兆3250億円のコスト増。一方、米軍基地撤退で取り戻せる経済効果などの「逸失利益」は1兆3284億円にとどまる。武田氏はこう強調する。
 「問題は金額の多寡ではない。いくらコストを費やして自主防衛に踏み切っても、結局は日米同盟と同じ水準の安全を享受することはできないということだ」
 トランプ氏が言及する日本の核武装の実現可能性はどうか。
憲法上は、核保有の可能性は排除されていない。憲法9条は自衛のための必要最小限度を超えない実力の保持を認めており、この必要最小限度の範囲にとどまる限り、核兵器の保有を禁じていないというのがこれまでの政府解釈だ。
 実は、技術的な可能性の試算は存在する。政府は平成18年9月、非公式に「核兵器の国産可能性について」との内部文書をまとめ、「小型弾頭の試作までに最低3~5年、2000億~3000億円の予算と技術者数百人の動員が必要」との結論を出した。
 しかし、核保有を選択するなら、日本はまず核拡散防止条約(NPT)を脱退しなければならず、北朝鮮のような国際的孤立や制裁を覚悟しなければならない。日本が核武装すれば、韓国などで「核ドミノ」が始まり、日本の安全保障環境はむしろ悪化しかねない。核保有を選択する合理的な理由はないというのが多数の専門家の結論だ。
 「核の議論を教条的に否定することはないが、米国の『核の傘』の安定的維持、ミサイル防衛の強化、策源地(敵基地)攻撃能力など、議論には段階がある。一足飛びに核保有や自主防衛という議論は非常に有害だ」。神保謙慶応大准教授(国際安全保障)はそう指摘する。

「安保ただ乗り論」は本当?駐留費負担、実は世界でも突出…米軍人を日本の傭兵にする気なのか
2016.5.25 01:00更新 http://www.sankei.com/politics/news/160525/plt1605250003-n1.html
「なぜ、米国は自主防衛の余裕のある国を守るための支払いを止めるべきなのか」
 米大統領選で共和党候補指名を確実にした不動産王、ドナルド・トランプ氏が意見広告で問題提起したのは、1987(昭和62)年9月にさかのぼる。日米貿易摩擦が激しかった80年代、米国では日本の「安保ただ乗り論」が吹き荒れていた。トランプ氏の対日認識は、その時点から変わっていないことになる。
 日米同盟は、日本が米軍駐留を認め、基地を提供する一方、米国だけが日本の防衛義務を負う非対称の側面を持つ。そこに「ただ乗り論」が浮上する構造的な理由がある。ただ、トランプ氏のいうように、日本はそれに見合う適正なコストを支払わず、同盟にただ乗りしているのだろうか。
 日本は在日米軍の駐留経費として、別枠計上の米軍再編関連予算などを除き、平成28年度予算で約5818億円を計上し、地代や周辺対策費、基地で働く人の人件費などに充てている。
 そのうち、しばしば取り上げられるのが「思いやり予算」と称される接受国支援(ホスト・ネーション・サポート)だ。日米地位協定上は支払い義務のない負担で、昭和53年度から計上され、平成11年度に2756億円とピークを迎えた後は漸減。28年度は1920億円となっている。
 そうした日本の負担が、米軍が駐留する国の中で突出して高いことは、米国防総省が2004年に公表した報告書が示している。報告書によると、02年に日本が駐留米軍1人当たりに支出した金額は約10万6000ドル(約1155万円)。日本側の負担割合は74.5%でサウジアラビア(64.8%)や韓国(40%)、ドイツ(32.6%)などを大きく上回っていた。
 トランプ氏は「なぜ100%ではないのか」と全額負担を求めるが、それは米軍将兵の人件費や作戦費まで日本が負担することを意味する。
 「米将兵の人件費まで日本が持てば、米軍は日本の『傭兵(ようへい)』になってしまう。国益のために戦う米軍人の誇りを傷つけるだけで彼ら自身が嫌がる」。前海上自衛隊呉地方総監の伊藤俊幸氏はこう指摘する。
 日本の負担は米軍駐留に反対する勢力の批判の的になってきた半面、「安保ただ乗り論」への反論材料でもある。さらに、沖縄の基地問題にみられるように、国土を提供することの「重み」や政治的コストは数字に代えがたいものがある。
 日本は自衛隊の海外派遣など人的貢献も強化し、米国が主導する国際秩序の維持に貢献してきた。集団的自衛権の行使を柱とする安全保障関連法は、さらにその領域を広げる。
 ケビン・メア元米国務省日本部長が「日本が駐留経費負担だけでなく、日本の防衛能力を向上させ、集団的自衛権が行使できるようになったことを理解していない」と指摘するように、日米関係に通じた米側の政策当局者や識者には、日本の貢献は高く評価されてきた。
 日米同盟の「受益と負担」の関係は金銭だけでは測れない。ドナルド・トランプ氏に欠けているのは、日米同盟によって、米国自身が死活的な国益を確保しているという視点だ。
 「米国の世界の貿易額のうち、約6割がアジア太平洋諸国であり、その国益を維持するのが在日米軍などのプレゼンス(存在)だ。引けば損するのは米国だ」
 元防衛相の森本敏拓殖大総長はそう指摘する。
 日本国内には約130カ所の米軍基地がある。海兵隊が米本土外で司令部を置くのは沖縄だけだ。西太平洋からインド洋までを作戦海域とする米海軍第7艦隊は神奈川・横須賀を拠点とする。後方支援機能を含め、日本は「米軍の地球規模での作戦行動を支える上で、代えることができない戦略的根拠地」(防衛省幹部)というわけだ。
 日米同盟の役割は軍事面にとどまらない。東日本大震災や2013(平成25)年のフィリピンの台風災害で、米軍は自衛隊と共同で救援活動を行い、多くの人命を救った。元在沖縄海兵隊政務外交部次長のロバート・エルドリッヂ氏は日本にある海兵隊基地や台湾、フィリピンなどを大規模災害に備える救援拠点とし、ネットワーク化する構想を提唱している。「軌道に乗れば、より幅広い分野の安全保障協力に発展していく」と期待を込める。
 日米はそれぞれがコストを支払い、死活的な国益を守っている。その恩恵はアジア太平洋全域に及ぶ-。ただ、そうした理屈が通用しないのが「トランプ現象」の根深さだ。
 神保謙慶応大准教授(国際安全保障)は「エリートがきれいな言葉で語る同盟論はトランプを支持する素朴な米国民の心には届かない」と指摘する。森本氏も「米国民は世界の警察官の役割を果たすために海外で何千人もの兵員が傷ついているのに、同盟国が必要な対価を支払っていないと不満を表明している。日本が駐留経費負担をいくら増やせばいいという話は全く本質ではない」と分析する。
 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが4月に全米で実施した世論調査では、57%が「米国は自己の問題に取り組み、他国のことは他国に任せるべきだ」と回答。「他国を助けるべきだ」は37%にとどまった。別の調査では、10年時点で2つの回答は拮抗(きっこう)していた。多くの識者は、トランプ氏が大統領になるかどうかにかかわらず、米国の「内向き志向」は続くと予測する。
 米国の世論が今後、日本にさらなる負担を求めてくることは間違いない。ただ、それを負担とだけ捉えるのは一面的に過ぎる。
 戦後日本は経済優先で、直接的な防衛予算を国内総生産(GDP)比で実質1%と低い水準に抑える代償として、米軍駐留費など「自立性」を犠牲にするコストを高く支払ってきた。
 「負担の割合を変えなければならない。米軍駐留経費を増やすくらいなら直接的な防衛予算を増やすべきだ。それはトランプ氏の問いに答えることにもつながる」。防衛大の武田康裕教授はこう提言する。
 森本氏は、人工知能やサイバー空間など、技術面での日米協力がカギになると指摘。同盟内での貢献拡大の在り方について「われわれが主体的に考えなければならない。日本が同盟をどういう形にするかを提案する時期が年内にも来るのではないか」とみている。
 「予測不可能であること。これこそが私のよき資質の一つであり、私に大金をもたらすことになった」
 トランプ氏は昨秋に出版した著書で、そう誇った。日米同盟は今後、先行きを予想できない不安定な時代を迎えるかもしれない。しかし、日本では、集団的自衛権行使の合憲性など、米国とは別の意味で「内向き」の議論が横行する。
 「日本では机上の空論のような安全保障論が繰り返されてきて、トランプ氏の提起に応える知的準備ができていない。それが一番恐ろしいことだ」
 キヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹はそう語る。「同盟解体」は今の時点では現実味は乏しい。だが、暴言と聞き流すだけでは、いつの日か現実のものとなりかねない。トランプ氏の「劇薬」は長年、日本人が直視を避けてきた現実を付きつけた。自民党国防族の一人はいう。
 「黒船の来航だ。日本は戦後70年の太平の眠りから目覚めるときになるだろう」

この企画は千葉倫之、石鍋圭、小野晋史、ワシントン 加納宏幸が担当しました。




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