2016年12月25日日曜日

多様化する戦争の世紀 ~軍事力の強化と軍事力中枢への破壊行為(サイバー攻撃)と武器輸出による周辺国への影響力拡大~

【共産中国の海洋権益獲得にむけた空母打撃群の整備
中国の空母艦隊、西太平洋へ
第1列島線通過、トランプ氏牽制か?
2016.12.25 00:19更新 http://www.sankei.com/world/news/161225/wor1612250009-n1.html



黄海を航行する中国初の空母「遼寧」で艦載機「殲15」の訓練が行われている。

【北京=西見由章】中国海軍の梁陽報道官は20161224日、中国初の空母「遼寧」の艦隊が西太平洋での遠海訓練に向けて出発したことを明らかにした。中国の空母艦隊が「第1列島線」(九州-沖縄-台湾-フィリピン)を越えて西太平洋で本格的な訓練を行うのは初めてとみられる。海軍力の象徴である空母を太平洋で誇示することで、中国への強硬姿勢が目立つトランプ次期米大統領を牽制する狙いがありそうだ。
 中国軍は20161210日、戦闘機など6機が宮古海峡を通過し西太平洋に出るなど昨年以降、対米防衛ラインとして設定する第1列島線を越える訓練を活発化。15日には南シナ海で米海軍の無人潜水機を強奪するなど強硬な姿勢が目立っている。
 中国国防省によると、遼寧は24日、東シナ海で艦載機の殲(J)15の離着艦訓練などを実施。これまでは渤海や黄海を駆逐艦や護衛艦とともに航海しながら「協同運用化と体系化、実戦化」の訓練を実施してきたという。16日には中国メディアが、空母艦隊による初めての実弾演習を渤海で実施したと報じていた。


 中国国防省は10月下旬、遼寧省大連で建造されている中国初の国産空母について船体の主要部分が完成したことを公表。また上海でも別の国産空母が建造中とされ、これらは南シナ海や東シナ海で展開される可能性が高い。
【用語解説】遼寧

 ウクライナから購入した空母「ワリヤーグ」を遼寧省で改修した中国初の空母。排水量約6万7千トン、全長約305メートル。2012年9月に海軍への配備が正式発表された。中国は遼寧で得られたノウハウを継承した国産空母の建造を進めており、来年初めにも進水する見通し。ただ遼寧の実戦能力に疑問を呈する声は多い。艦載機のJ15は出力不足が指摘されている上、「パイロットの訓練の精度からみても複雑な運用は困難だ」(軍事研究者)との声もある。

【共産中国のアメリカの間隙を突いた周辺国への影響力拡大戦略】

アメリカに冷たくされたタイに食い込んだ中国兵器

オバマの理想主義がもたらした中国の“成果”

タイ陸軍が米国製M41戦車の後継として発注した中国のVT4戦車(出所:Wikipedia

中国の軍事的・外交的拡張戦略の進展は、南シナ海だけにとどまらない。南シナ海での人工島建設や基地群誕生のように大々的に取り上げられることはないが、タイとの軍事的関係の親密化も目を見張る勢いで推進されている。
露骨にタイに冷たく接したオバマ政権
20145月、タイで政治的混乱を鎮定することを大義とした陸軍が中心となってクーデターが敢行され、8月にはプラユット陸軍総司令官が国王から首相に任命され軍事政権が発足した。
 それ以降、軍事政権を一律に忌み嫌うオバマ大統領は、タイに対して露骨に冷たい姿勢を示し始めた。
 オバマ政権の方針により、それまでタイ軍部と親密な交流を続けてきていたアメリカ軍部も、合同演習などの規模を縮小したり、中止したりせざるを得なくなった。そのため、東南アジアや極東軍事戦略を担当していたアメリカ軍関係者などの間からは、「アメリカ軍とタイ軍の関係が疎遠になってしまうと、その隙に乗じて中国人民解放軍の影響力が強まりかねない」といった危惧の声が上がっていた。
 その心配は的中した。オバマによるタイ軍事政権に対する“冷たいあしらい”が始まるやいなや、中国側からタイ軍事政権への軍事的・経済的なさまざまなアプローチが開始されたのである。
 本コラムでも指摘したように、2015年夏には、中国によるタイ海軍への潜水艦売り込みに関する具体的情報が流れ始めた。国防予算の関係でこの年の取引は白紙となったが、中国側が“経済的パッケージ”を提供したことで、2016年の夏には3隻の中国製「元型S26T」潜水艦をタイ海軍が手にすることが決定した(本コラム2016714「潜水艦3隻購入で中国に取り込まれるタイ海軍」
潜水艦は国家機密の塊ともいえる軍艦である。そのような潜水艦をタイ海軍に売却し、潜水艦要員の教育訓練や合同演習などを行うことで、人民解放軍海軍とタイ海軍の結びつきは強固になっていく。そして中国側は、潜水艦売却に加えて、継続的に必要となるメンテナンスや修理などを通して経済的利益をも手に入れることになったのである。
今度は新鋭地対空ミサイル
 オバマ政権がタイ軍事政権を敵視する政策をとることは、中国にとって好機に他ならない。中国はこの機に乗じて、軍事上の利益と経済的利益を手中に収めつつ、中国国防圏をタイにまで拡大していこうとしている。その戦略は潜水艦取引にとどまらない。
1213日、タイ空軍は、中国の「中国精密机械出口公司」(CPMIEC:中国国営の防衛企業。主としてミサイルや防空システムに関連した兵器や技術の輸出の代理店)から輸入したKS-1C中距離地対空ミサイルシステムを公開した。
1980年代以降、タイ空軍は短距離(最大射程10キロメートル以下)地対空ミサイルをイギリス、スイス、スウェーデンなどから輸入していた。だが、その後、それらは中国製のQW-2短距離地対空ミサイルに置き換えられてきた。そして今回、最大射程距離70キロメートル、最大射程高度27キロメートルとこれまでの短距離地対空ミサイルに比べると極めて高性能のKS-1C中距離地対空ミサイルを、タイ空軍は手にすることになったのだ。
KS-1Cは人民解放軍(陸軍と空軍)が使用しているHQ-12対空ミサイルシステムの輸出向けバージョンである。そのため、中距離地対空ミサイルを初めて手にしたタイ軍に対して、中国人民解放軍が教育訓練を実施することになる。訓練を通して両軍の関係はますます親密になっていくものと思われる。
中国は、KS-1Cよりも射程距離が短いKS-1A中距離地対空ミサイルをミャンマーに輸出しているし、タイと同じKS-1Cを中央アジアの隣国であるトルクメンスタンにも持ち込んでいる。そして、タイに引き続いてパキスタンとマレーシアにもKS-1Cの売り込み攻勢をかけている。それらの売り込みが成功すれば、地対空ミサイル供与を突破口に、人民解放軍の影響力が中国周辺諸国に広がることになるのだ。
タイ国内に中国の装甲車両工場が誕生?
 中国が経済的利益を手にしながら軍事的影響力を拡大していくために用いているのは、潜水艦や地対空ミサイルだけではなく戦車にも及んでいる。
 タイ陸軍は、かつてアメリカから輸入したM41戦車(陸上自衛隊も1960年代にはM41戦車をアメリカから供与されていた)の後継として、28両の中国製VT4MBT-3000)を発注した。初期の試験運用などの状況如何では、VT4150両ほど追加注文するものとみられている。
VT4は中国北方工業公司(ノリンコ)が製造する輸出向け主力戦車であり、旧式の米国製軽戦車であるM41と違って、人民解放軍が使用している99式主力戦車を元にした近代的戦車である。このような新鋭戦車の輸出を通して、タイ陸軍と人民解放軍の交流がさら深まることは確実である。実際に、VT4の輸出にとどまらず、中国の装甲車両メーカー(すなわちノリンコの子会社)がタイに進出する話まで飛び出した。
 先週、北京の中国国防省を訪問したタイのプラウィット国防大臣(副首相を兼任、退役陸軍大将)は、人民解放軍の最高幹部たちに対して、主力戦車をはじめとする装甲車両の整備工場や生産拠点をタイ国内に建設するよう誘致したという。中国側は即座にタイ側の誘致案を支持し、さっそくワーキンググループを発足させることで合意したという。
このほか北京では、プラウィット国防大臣と李克強首相との間で、タイ縦貫鉄道や高速道路を建設するための中国・タイ共同プロジェクトが合意されている。そのため、タイに中国の装甲車生産・整備工場が誕生する日もそう遠くはないと考えられる。そして、タイ陸軍が手にする100輛以上のVT4主力戦車は、タイ国内のノリンコ工場で生産されることになるかもしれない。
世界各国が最先端防衛技術を戦略的に活用
 潜水艦にしろ、地対空ミサイルシステムにしろ、主力戦車にしろ、中国は、タイのように自ら兵器を製造できない国々に売り込むことにより、経済的利益を手にするだけではなく軍事的影響力をも着実に植え付けつつある。もちろんそのような武器供与は、単なる思いつきではなく綿密に練られた安全保障戦略に基づいている。まさに防衛産業を国防ツールとして有効に活用しているのだ。
 このように、新鋭兵器の輸出を戦略ツールとしているのは中国だけではなく、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、イスラエル、ロシアをはじめ枚挙にいとまがない。最先端技術力を有し、各種兵器を生み出している国々の多くは、兵器の輸出を戦略ツールとして活用し、経済的利益を手に入れると共に、外交的立場を強化したり、国内産業の保護を図ったり、国内の最先端技術力の発展に役立てたりしている。
 日本には、中国が戦略ツールとして輸出する元型S26T潜水艦、KS-1C中距離地対空ミサイル、VT4主力戦車と同等か、それ以上の性能を誇る潜水艦、地対空ミサイル、主力戦車を作り出す技術が存在する。ところが、いくら高性能兵器を生み出しても、自衛隊だけにしか供給できない仕組みが続いていては、国際競争から脱落することは自明の理である。日本政府は、せっかく国内に存在する技術力を戦略ツールとして活用していかなければならない。

《維新嵐》 安倍内閣による「防衛装備移転三原則」がこの問題の突破口にならないものか、と密かに期待しています。ただ兵器輸出による機密情報の漏洩も大きく懸念されるところです。結果自国の国防戦略や機密漏洩を守るために情報戦略にも重点を置かざるを得ない状況になります。下は少々古い論説ですが共産中国のサイバー空間における情報戦略についてよく理解できます。

【自国の機密情報を守秘し、敵対国の国家戦

略の中枢を破壊するサイバー攻撃】

中国とのサイバー戦争に勝つ方法

岡崎研究所

 AEIアジア研究部長のブルメンソールが、フォリン・ポリシー誌のウェブサイトに2013228日付で、「中国とのサイバー戦争にどう勝つか」と題する論説を書き、最近の中国のサイバー攻撃に手を打つ必要を強調しています。
 すなわち、インターネットは今や戦場である。中国は単にサイバー空間を軍事化するのみならず、サイバー戦士を配備し、企業、シンクタンク、メディアに攻勢をかけている。
 これは米中間の戦略的競争の一局面である。最近の中国政府発のサイバー攻撃を見ると、サイバーに関する競争には緊急性がある。
 ワシントンがサイバー戦争、知的財産権の窃取、スパイ行為、嫌がらせを抑止するために、戦略を開発する時である。簡単に言うと、米は重要インフラなどを守る一方で、中国には代償を支払わせるべきであり、攻勢に出る必要がある。
 中国はサイバー軍事能力を重視している。過去20年、中国は米軍の合同作戦に印象づけられ、C4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、諜報、監視、哨戒)に注意を向けてきた。
 同時に、人民解放軍は米軍の情報ネットワークへの依存に弱点も見出した。人民解放軍は、紛争時に米軍の情報システムを無能力化するために努力するだろう。更に重要インフラへの攻撃も例外的状況で考慮するだろう。
 中国はサイバー空間を、商業上の機密を盗み、批判的な個人や組織に嫌がらせをするためにも使っている。
 オバマ政権は、反撃し始めた。220日、ホワイトハウスは商業機密窃取を防止するいくつかの構想を明らかにした。同じ考えの国と共に、懸念国の指導者に圧力を加える外交、窃取についての国内での調査と起訴、情報共有、国内法の改善である。これは防衛的措置で重要だが、攻撃的措置も取るべきである。
 攻撃的措置が勢いを得ているかも知れない。昨年、司法省は「国家安全保障サイバー専門家ネットワーク」(National Security Cyber Specialists NetworkNSCS)を作った。約100人の検事が、「捜査と起訴がサイバー攻撃の抑止と阻止にどんな役割を果たし得るか」との研究課題を与えられている。
 議会はサイバー攻撃関与者の商活動禁止も検討すべきである。議会は、外国主権免除法で、テロの場合同様、サイバー攻撃関与者にも免除を認めないようにすべきである。
 最近のマンディアント社の例に見られるように、会社や情報機関はサイバー攻撃の源を特定し得るようになってきている。19世紀に海賊に対してしたように、私人に許可を与え、米の民間会社が報復をなし得るようにすべきと言う学者もいる。新法や既存法の利用で、中国政府に評判または金銭面でのコストを支払わせうる。


 外交上の措置も強化されるべきである。米国は証拠を示し、中国に対処すべきである。米は唯一の被害者ではない。従ってサイバー防衛センターを各国と作るべきで、その一つを台湾におくべきである。言語上などの利点があるし、その上、中国指導者の嫌がる選択肢がこちらにあることを示し得る。
 米軍のサイバー関係の努力は既に探査、浸透、能力誇示に至っていると思われる。Stuxnet作戦の漏えいは米の利益を害したかもしれないが、中国は米に戦略的サイバー攻撃能力があることを知っている。抑止力を高めるために、米国は友好国とのサイバー演習などを通じて定期的に能力誇示をすべきである。
 米が保有する手段を良く使うためには省庁間調整が必要である。法、法執行、金融、情報、軍事的抑止が、ブッシュ政権の一時期、北朝鮮に成功裡に使われた。中国は北朝鮮ではないが、米はサイバー空間で無責任なことをしている連中を狙うべきである。
 放っておくと、中国の危険なサイバー戦略がより大きな紛争の可能性につながる、と論じています。
◆         ◆          ◆
 この論説は、最近の中国政府、具体的には人民解放軍によるサイバー攻撃の事例が明らかになったことを受けて書かれたものですが、いろいろなことを教えてくれる一方で、対抗措置に重点が置かれ過ぎているきらいがあります。
 サイバー攻撃には、情報窃取から重要インフラ攻撃、軍事通信網の阻害や攪乱など、種々のものがあります。テロの問題同様に、犯罪抑圧の手法で取り扱うべきもの、戦争手段として排除すべきものなど、国際的にどう取り扱うべきか、決まっていないことが余りにも多く、これを決めることが最優先課題です。
 まずは、中国も巻き込んで、国際社会として、国家または個人がサイバー空間でしてはならないことを決め、その上でその遵守を求めて行くことが必要です。中国が国際的ルール作りに参加しなければ、中国抜きで国際的規範が出来上がっていき、中国にとって不利益になることを、よく知らしめるべきです。体系的な国際規範の追求は現実的ではなく、合意出来るところから少しづつ決めていく必要があります。
 サイバーセキュリティでは、サイバー空間の軍事化や攻撃手段の開発競争を如何に防ぐかということにもよく注意する必要があります。そのためには、バランス感覚が重要で、攻撃手段の研究自体は意義あることとしても、それに軽々に依存するのは適切ではないでしょう。司法、金融、外交的手段を重視する方が効果的と思われます。

【アメリカのサイバー戦能力と認識】

平時におけるサイバー戦報復能力



サイバー戦争における米国の報復手段とは?

岡崎研究所

 ワシントン・ポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、20161115日付同紙のコラムで、米国の大統領選挙に対するロシアのサイバー攻撃による干渉をエスカレートしなかったのは、米国が強い警告を発したためである、と述べています。
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 20161031日、ホワイトハウスはロシアに対しこれ以上米国の大統領選挙をサイバーで干渉しないよう、秘密のホットラインを使って警告した。その後、ロシアは干渉をエスカレートしなかった。
 この警告は、本年米露政府間で行われてきたサイバーの瀬戸際政策の一部であり、ロシアの圧力に屈したと思われない形での関係の安定化が、トランプ次期大統領にとっての最大の課題の一つである。警告は、2013年に「核危機削減センター」の一環として作られた特別のチャネルを通じて送られた。米政府のある高官は、「それはロシアに対する極めて明確なメッセージであった。このチャネルを使ったこと自体がメッセージの一部であった」と述べた。
 この秘密の警告に先立ち、107日クラッパー国家情報局長官とジョンソン国土安全保障省長官が、ロシアの最高位の政府高官が、米国の大統領選挙に干渉するためのサイバー攻撃を認可したとの公の声明を出している。
 米政府筋はこの2つの警告の後、ロシアはサイバー活動を広げず、むしろ減らしたようだと述べた。ホワイトハウスはロシアが選挙当日サイバーで選挙を妨害するのではないかと恐れていたが、そのような干渉は無かった。しかし他の政府高官は、ロシアが追加的活動を抑止されたのかどうかを言うのは時期尚早であると述べた。
 米ロ間の秘密の接触は、両国間で高まっている対決の最新の事例である。オバマ政権は攻撃的なロシアによる事態を不安定化させる行動を抑制するような、サイバー空間における抑止の規範を確立しようと努めてきた。2015年のG-20サミットは、サイバー空間における国家の行動に国際法が適用されると述べ、ホワイトハウスはこれを前進であると考えた。米国は、この約束には攻撃と反撃のつり合いと巻き添えの被害の制限を守るような交戦規則の順守が含まれると主張しているが、オバマ政権はロシアがこれらの制限を無視していると懸念している。
 オバマ政権のロシア専門家は、次期政権の後任に対し、「ロシアの意図を知ること、ロシアが約束を守ると信じることは極めて難しい」と警告する。別の高官は「ロシアは危険な行動を取る傾向を強めており、ロシアの指導層は注意深く、良く計算し、危険は避けるという従来の想定は当てはまらなくなりつつある」と述べた。
 サイバー空間で新しい冷戦が始まった。トランプはデタントを望んでいるようであるが、まずはこの新しい分野での抑止の明確な規範の確立を注意深く検討すべきである。
出典:David Ignatius,In our new Cold War, deterrence should come before detente’(Washington Post, November 15, 2016
https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/in-our-new-cold-war-deterrence-should-come-before-detente/2016/11/15/051f4a84-ab79-11e6-8b45-f8e493f06fcd_story.html

 米大統領選挙中、民主党全国委員会がサイバー攻撃を受け、多くの資料が流出しましたが、サイバー専門家は攻撃はロシアによるものと断定しました。選挙中、クリントン候補がロシアに対し強い姿勢を示したのに対し、トランプ候補は、「プーチンは強い大統領である、ロシアとの関係はうまくやっていける」などと述べました。ロシアがトランプ候補の当選を望んだとしても不思議ではありません。
安保の新しい課題
 米政府がロシアによる一層の選挙干渉を真剣に懸念した結果が、論説の指摘する公開および秘密裏の対露警告でした。結果としてロシアのサイバー干渉は無かったのですが、米政府筋はそれが、警告が抑止として働いた結果かどうかについての言明は避けています。サイバー攻撃問題にどう対処するかは、安全保障上の新しい課題です。
 サイバー攻撃は従来の通常兵器、核による攻撃と比べ、攻撃者の特定の問題をはじめ、目に見えにくい部分が多く、サイバー攻撃問題をどう管理するかは容易でありません。論説は一例としてサイバー攻撃に対する抑止の問題を採りあげています。抑止の典型的な例は核攻撃に対するものであり、攻撃された場合、相手に耐え難い報復をすると警告することで、相手に攻撃を思いとどまらせようとするものです。そのためには報復の能力と意思を相手方にはっきりさせておく必要があります。
 サイバー攻撃の場合はどうでしょうか。核の場合は報復の能力は、例えば潜水艦発射核搭載弾道ミサイルというように相手に示せますが、サイバーの場合は基本的に能力は目に見えず、核と同様に論じることはできません。今回の米国の対露警告が具体的に何であったかは分かりませんが、米国はロシアよりはるかにデジタル・インフラに依存しているので、サイバー攻撃で報復するのは賢明でないという見解が有力のようです。それでは何が報復手段でありうるのか、これは米国に課せられた重要な課題と考えられます。
 抑止の問題以外にも、サイバー攻撃問題をどう管理するかの問題は数多くあります。2015年のG-20サミットで、サイバー空間における国家の行動(当然サイバー攻撃も含む)には国際法が適用されるということで合意が成立したと言いますが、これが何を意味するかは明らかでありません。
 サイバー攻撃は、企業秘密の窃取と言った経済的動機にとどまらず、政治的動機に基づくものがますます増えることが予想されます。イグネイシャスは、別の記事で、米ロ関係について「冷戦は終わり、サイバー戦争が始まった」と言っています(The Cold War is over. The Cyber War has begun. WP, September 15)。サイバー攻撃をどう管理するかは喫緊の課題です。

ロシアがサイバー攻撃でアメリカ大統領選に干渉!? 上念司氏
サイバー攻撃 中国からアメリカへ集中攻撃

現実の危険をはるかに上回る?
サイバー攻撃への認識

岡崎研究所

 ランド研究所の科学部門責任者マーティン・リビッキ(海軍大学招聘教授)がフォーリン・アフェアーズ誌ウェブサイトに、2013816日付で「サイバーの誇大宣伝をまともに取るな。サイバー戦争の現実化をどう防止するか」という論説を寄せ、サイバー脅威は過大評価されており、その結果、現在考えられている対応策も危険性を持つ、と指摘しています。
 すなわち、ワシントンでは米国の重要インフラへのサイバー攻撃は不可避と信じられているようである。クラッパー国家情報長官、サイバー司令部のキース司令官は、脅威を強調している。国防省の防衛科学委員会は、「極端なときには核での対応」を含めサイバー防衛・抑止を改善すべきだ、としている。
 サイバー攻撃の危険に対する認識は、現実の危険をはるかに上回っている。これまでサイバー攻撃で死者は出ていない。ブラジルでの局地的停電以外にインフラがやられた例もない。
 サイバー攻撃は理論上インフラを破壊し、死者を出しうるが、米情報当局が警告している規模にはなりそうにない。直接的被害の規模は、おそらく限られたものとなろう。間接的被害の規模は、救急サービスが大きく支障を受けるなど、他の要因による。金融システムへの信頼がなくなれば、影響は大きかろうが、取り付け騒ぎには至らないだろう。
 当局者は、サイバー攻撃の出所を明らかにしえないとも警告している。イランは、おそらく、Stuxnet攻撃についてのニューヨーク・タイムズ紙のスクープ記事を読むまで、濃縮装置が何故壊れたのか分からなかっただろう。サイバー諜報の犠牲者も、長い間やられていることに気づかないだろう。
 サイバー空間での技術は良い方向にも悪い方向にも発展している。攻撃側も防衛側も同時に洗練されてきている。イランがサイバー戦争を手段として考え始めたのは悪いニュースであるが、ソフトウエア会社が脆弱性をなくそうとしているのは良いニュースである。
 サイバー攻撃の危険は米・イラン対決で一番大きい。イランは2012年、サウジのアラムコのコンピュータ・ネットワークに侵入し、カタールのラスガスにも侵入した。イランのハッカーは米国のガス・石油パイプラインを操作するソフトウエアにアクセスしうるとも言われる。イランは米国にサイバー攻撃を行う理由がある。イランはStuxnet攻撃を忘れていない。


 米国はどう対応すべきか。サイバー攻撃が戦争行為であると決定することは戦争を意味する。報復的サイバー攻撃は対決のエスカレーションにつながり、戦争になる。こういう結果は避けられるべきである。
 米国はサイバー攻撃が起こる前に、それを止めさせる技術的、政治的措置をとるべきである。米政府はソフトウエアの脆弱性を減らすなどのためにもっと投資しうる。米国の重要システムのほとんどは民間が保有しているし、ソフトウエアも民間が開発している。官民でその脆弱性克服に協力すべきである。
 技術的能力、たとえば攻撃者を特定する能力は政治的抑止につながる。また米国はサイバー諜報とサイバー攻撃を区別し、後者には厳しい対応をするべきである。米国は作戦上の柔軟性を持つべきで、怖れる余り拙速に反応することはよくない。コンピュータはナノ秒で動くが、問題にすべきなのはそれを使う人間である、と論じています。
* * *
 この論説は、サイバー攻撃についての行き過ぎた脅威認識や対応論に反対したものです。
 論説は、サイバー攻撃とサイバー諜報の区別をすることを主張していますが、これは適切です。サイバー攻撃についても、軍事目標に対するものと民間施設に対するものを区別することも考えられるべきでしょう。その上で国際的な規範作りを考えるべきであると思います。
 文民保護、軍事目標主義といった、武力紛争についての国際法のなかに、どういうサイバー攻撃を禁止すべきか、問題を整理する手がかりがあるでしょう。一方、サイバー諜報は、今までもやられてきた国際的な諜報を、これまでとは異なる手段でやっているというだけで、これを禁止することは出来ないでしょう。知的財産権窃取には、また別の対応が要ります。サイバー脅威を正しく評価するには、サイバー空間での諸活動を適切に分類して考えることが肝要であり、日米間でも緊密に協議していくべきです。
サイバーセキュリティ
慶応大学大学院教授 土屋大洋氏



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