2017年3月13日月曜日

【米中戦争の様相】南シナ海の覇権をめぐる攻防 ~共産中国の一手~

南シナ海でスタートした中国のクルーズツアー

原子力空母「カール・ビンソン」に「プリンセス長楽」で対抗

北村淳
中国が南シナ海の西沙諸島永興島に設立した三沙市(2012727日撮影、資料写真)。(c)AFPAFPBB News

米国のトランプ政権が、南シナ海全域の軍事的優勢を手にしようとする中国を牽制するため、2017年2月中旬から空母部隊を南シナ海に送り込みパトロールを実施している。
 2017年34日には、パトロール中の米海軍空母「カール・ビンソン」をフィリピン国防長官、財務長官、司法長官および在マニラ米大使がアメリカ海軍航空機で訪問し、艦上戦闘機の発着の模様や艦内の視察を行った。
 フィリピンのドゥテルテ大統領はオバマ政権時代に米比同盟を弱体化させるかのような発言を繰り返したため、フィリピン軍部などは危機感を持っていた。だが、トランプ政権に代わったことで、ドゥテルテ大統領の“反米的”な言動は和らいだ。フィリピン政府の高官たちはその機に乗じて米海軍の原子力空母を訪問し、「米比同盟健在なり」をアピールしたというわけだ。もちろん南シナ海洋上の原子力空母が、アメリカによる「中国への軍事的圧力」の象徴であることを踏まえてのパフォーマンスである。
軍事的デモンストレーションをやり返した中国
一方の中国は同じ日に、2隻のミサイル駆逐艦と補給艦に、台湾海峡を東シナ海から南シナ海へと通航させた。
 これらの中国軍艦は、201732日から3日にかけて、多数の戦闘機と爆撃機、それに早期警戒機などが参加して宮古島沖の西太平洋で繰り広げられた機動演習に参加した小艦隊である。南海艦隊に所属するそれらの艦艇は、太平洋からバシー海峡を通過して南シナ海へ戻らずに、わざわざ宮古島沖を経て東シナ海に入り、台湾を回り込むようにして台湾海峡を通過し、南シナ海へと帰還した。
 アメリカが南シナ海で軍事的デモンストレーションを行ったのに対して、中国は東シナ海および台湾周辺で軍事的デモンストレーションをやり返したのである。
軍事的圧力には非軍事的に対抗
南シナ海では、「カール・ビンソン」による“軍事的威圧”に対抗して非軍事的な対抗行動を実施した。すなわち2017年32日、海南島の三亜から、308名の乗客を乗せた新造のクルーズシップ「長楽公主」(プリンセス長楽)を西沙諸島クルーズへの34日の処女航海へと出発させたのだ。

三亜を出航する長楽公主

このクルーズシップは3000海里を航海できるとされており、近い将来には、より長期のクルーズツアーに投入されるであろう。実際に、西沙諸島の3つの島に順次滞在するツアーなどの計画が打ち出されており、それらの島嶼環礁にはホテルやショッピングセンターなどが建設される見込みである。
 西沙諸島だけでなく南沙諸島(7つの人工島)、それにスカボロー礁にも、島嶼環礁ごとに高級リゾートホテルやヴィラを設置して、ショッピングやテニス、それにスキューバダイビングなどのスポーツも楽しめる一大リゾート施設を作る計画も取り沙汰されている。


着々と進む西沙諸島の防備
 西沙諸島には観光施設が設置されつつあるだけではなく、人民解放軍の前進軍事拠点としての整備も進みつつある。国際社会では、人工島建設という“派手な”動きのために南沙諸島での中国軍事施設の建設に関心が集中しているが、西沙諸島における中国軍による防備態勢も着実に強化されつつある。
 そもそも西沙諸島(パラセル諸島)は、中華人民共和国が誕生して以来、中国とベトナムの間で領有権紛争が続いている地域である。1974年に中国がベトナムとの戦闘を経て奪取して以来、中国による完全に近い形での実効支配が続いているが、ベトナムとの間での領有権紛争は決着したわけではない。
 中国による西沙諸島実効支配の拠点は、西沙諸島北東部に位置する永興島(ウッディー島)に設置されている。現在永興島には、3000メートル級の滑走路を有する本格的航空施設(航空基地)、大型艦船数隻が接岸可能な港湾施設(海軍・海警基地)、南シナ海に広がる中国の「海洋国土」の行政を司る三沙市政府機関、ショッピングセンターなどの商業施設や漁業施設、それに灯台をはじめとする“安全航行支援”施設などが設置されている。そして、三沙市政庁職員、武装警察官、軍人、それに商業や漁業に従事する一般市民など、1500名ほどの「島民」が居住している。
 それらの施設に加えて、昨年からは地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊も展開している状況が確認されている。これらの「防衛用ミサイル」は、アメリカ海軍が「航行自由原則維持のための作戦(FONOP)」と称して南沙諸島や西沙諸島の“中国固有の領土たる島嶼”に接近してきたため、“やむなく自衛のための措置として”設置されたのである。
 現在は、永興島だけでなく永興島以外の西沙諸島の2カ所に、大型の港湾施設、4カ所に小型の港湾施設、4カ所にヘリコプター発着施設が設置されており、小型ながらも前哨基地は19カ所にも及んでいる。港湾施設を有する島嶼環礁には、地対艦ミサイルシステムや地対空ミサイルシステムの展開が可能である。よって、アメリカとの軍事的緊張が高まった際には、西沙諸島の7カ所の島嶼環礁の各種ミサイルが米軍航空機や米軍水上艦艇の接近を阻止することになる。
矛と盾で身を固めた島嶼軍事拠点
各種軍事施設だけではなく、様々な民間施設が数多く軍事施設と混在し、多数の民間人も居住している──そしてホテルやリゾートまで建設されつつある──永興島を軍事攻撃することは、精密攻撃兵器を擁するアメリカ軍といえども多数の非戦闘員を殺戮するおそれがあるため控えざるを得ない。


 一方、島嶼環礁に設置された各種ミサイルは、中国の領域(その解釈は中国側のものなのだが)に侵攻して来た敵艦艇や航空機に対して“専守防衛”的に使用することになるため、大量の対空ミサイルや対艦ミサイルを連射しまくっても大義名分は立つ。
 このように、民間施設やリゾート施設の“盾”と各種ミサイルによる“矛”とで身を固めた島嶼軍事拠点は、永興島だけでなく南沙諸島の7つの人工島や、やがてはスカボロー礁にも出現する情勢である。
抜本的戦略転換を迫られるアメリカ
トランプ政権に代わったアメリカは、これまで世界中の紛争地域に睨みを効かせてきた「空母部隊を主力とした威圧戦略」を南シナ海でも引き続いて実行しようとしている。
 しかしながら、少なからぬ海軍戦略家たちは、南シナ海では空母による威嚇が役に立たなくなりつつあることを認識しており、南シナ海での対中戦略の抜本的見直しも唱え始めている。
 この種の声はいまだ大きいものではないが、近々アメリカの海軍戦略が、少なくとも南シナ海や極東方面では大きく転換する可能性が生じてきた。アメリカの軍事戦略にどっぷり依存し“ぶら下がって”いる日本政府は、このような大規模戦略転換に備えねばならない。


《維新嵐》確実に「既得権益化」していく南沙諸島、西沙諸島。共産中国は戦争も辞さない構えで軍事力の整備にも余念がありませんが、それだけではなく南沙諸島などを居住エリアにしたり、観光地化することでもアメリカからの軍事的圧力に対抗しています。まさに尖閣諸島をとられた時の共産中国の「要塞化」計画をうかがわせるものといえるでしょう。軍事力だけで、我が国でいえば自衛隊の正面装備を最新にしたり、新たな部隊編成をするだけでは領土保全とはいえないかもしれません。やはりそこに「人の生活の営みと経済活動」がなければ国軍は守れない、といえるでしょう。
空母戦闘群の攻撃力
人々の生活力、生活創造力の方が軍事力より「強力」なのかもしれません。
アメリカ海軍第一空母打撃群を西太平洋に派遣、共産中国空母遼寧を牽制する!?

中国の南シナ海戦略と核戦略

岡崎研究所
 台北タイムズの2017319日付け社説が、中国の南シナ海の軍事化は核戦略とも結びついた大戦略の一環であるとして、強く警告しています。要旨、次の通り。


iStock
 最近のレポートによれば、中国はパラセル(西沙)諸島の北島の将来の軍事施設支援に向けた港湾の準備を含む軍事化を継続している。これは、何十年にもわたって中国が展開してきた地域海洋戦略の一環である。北島は、海南島の核搭載潜水艦の基地を防御すべく、地対空ミサイル発射装置やジェット機を一時的に配備している永興島に対する保護網の一部となる。
 中国は、ティラーソン米国務長官の警告にもかかわらず、発足したばかりのトランプ政権がこうした小さな変化を挑発的過ぎると見ないことに賭けているのかもしれない。
 中国はかつて、1991年のフィリピンの米軍基地閉鎖を利用し、南シナ海の広大な海域に対し国際法の裏付けのない「九段線」の再主張を始めた。このような主張の拡大は、単にエネルギーや天然資源のためになされているのではなく、もっと大きな狙いがある。中国の海洋戦略は長年、台湾への海からのアプローチを確保し、西太平洋における敵の行動の自由を拒否し、中国の海岸における通信を守ることであった。しかし、過去20年間、南シナ海の大部分の支配は、核戦略とも結びついてきた。
 陸の発射装置が破壊された場合の備えとなる長距離大陸間弾道ミサイル搭載の潜水艦を作戦可能な状態にしておくには、南シナ海を押さえていなければならない、というのが南シナ海における執拗な拡張の理由である。
 過去17年、中国は海南島の玉林に防衛能力の高い潜水艦基地を建設してきた。ここ7年、094型晋級原潜の導入を徐々に進めている。同潜水艦は、射程8000キロの弾道ミサイルを搭載でき、中国近海から米国本土の一部を標的にすることができる。2020年までには8隻が就役すると見られる。
 多くの他国がこの地域に戦略的利害を持っており、中国との衝突の危険に直面している。例えば、日本に輸入された石油の大部分は南シナ海を通って運ばれるから、中国が南シナ海を押さえてしまえば、日本の安全は深刻に損なわれる。
 海自が、5月に南シナ海にヘリ搭載護衛艦「いずも」を南シナ海に派遣し米海軍と合同演習をすると発表したのは偶然ではない。ヘリ搭載護衛艦の主たる任務は偵察と人道支援だが、対潜水艦戦のプラットフォームとしても使用し得る。
 中国の嫌がらせ戦術は、単なる領域や天然資源への欲望を遥かに超え、重大で対立的な戦略的考慮を見据えている。南シナ海はひしめき合い、各国政府は気をもんでいる。台湾にとり危険な時である。
出典:‘China’s South China Sea strategy’Taipei Times, March 19, 2017
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2017/03/19/2003667037/1
 台湾は南シナ海と東シナ海を扼する位置にあり、これら海域とともに西太平洋における戦略上の要衝です。その中でも、本社説が指摘するように、特に、南シナ海の支配は中国の核戦略と不可分に結びついている、というのは的確な指摘でしょう。
 地政学的に見て、ミサイルや核を搭載した中国の潜水艦が、西太平洋に出ようとするとき、海南島の基地から出発して南シナ海を通過し、宮古海峡を越えて太平洋に出るのが普通です。
 中国としては、長距離大陸間弾道核・ミサイル搭載の潜水艦を作戦可能な状況においておくためには、まず、南シナ海を押さえておく必要があります。そして、さらに可能であれば、台湾の東海岸の港湾を自由に使用したいところでしょう。台湾島の東海岸は切り立った断崖となっており、そこからすぐに太平洋の深海底へとつながっていて、潜水艦の行動が容易には察知できない形状になっているからです。
 本社説の指摘するとおり、中国の潜水艦能力は一層向上し、今では射程8000キロの弾道ミサイルを南シナ海から直接、米国本土の一部を標的にして発射することができるまでになったと言われます。
 日本にとっては、輸入される石油の大部分が南シナ海を通過して運ばれるので、中国が南シナ海を押さえれば、日本の安全にとっての脅威となります。今年5月に日本の海自が南シナ海にヘリ搭載護衛艦を派遣し、米海軍と合同演習するとの報道は歓迎すべきものです。
 南シナ海における中国の軍事拠点化の拡大を非難したトランプ政権が中国の軍事的膨張に対し、今後、いかなる具体的対抗措置をとるのか注目されるのは当然です。
 中国は、「九段線」と呼ばれる、かつて蒋介石政権が一方的に引いた線を根拠に、南シナ海の大部分を自らの領海、排他的経済水域として軍事拠点化を図ることに余念がありません。そして、ハーグの国際仲裁裁判所の裁定受け入れを拒絶し、海洋法条約等国際ルールを完全に無視する対応をとっています。

 台湾にとっては、中国のこのような軍事行動が台湾の安全を直接脅かすものとなっています。中国は最近、空母「遼寧」を使って、台湾島周辺海域を一周させ台湾を威圧したばかりです。

習近平は「中華帝国」を構築しようとしている 「中華民族の偉大なる復興」とは?
東洋経済オンライン 近藤大介
 習近平政権のキャッチフレーズは、「中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現」

 このたび、『パックス・チャイナ 中華帝国の野望』(講談社現代新書)を上梓した。「パックス・チャイナ」という言葉は、私の造語である。古代の地中海世界で展開された「パックス・ロマーナ」(ローマ帝国のもとでの平和)、産業革命後の「パックス・ブリタニカ」(大英帝国のもとでの平和)、第二次世界大戦後の「パックス・アメリカーナ」(超大国アメリカのもとでの平和)などに続き、習近平主席は21世紀のアジアに、「パックス・チャイナ」(中華帝国のもとでの平和)の構築を目指している。
 古代から19世紀前半まで、長年にわたってアジアには、「冊封体制」と呼ばれる「パックス・チャイナ」が機能していた。これは、宗主国である中国と、属国(朝貢国)である周辺国との「緩やかな主従関係」だ。ただし、中国大陸と海を隔てている日本と、高い山を隔てているインドは、このシステムに組み込まれずに生存できた。
 1840年になってアヘン戦争が起こり、清帝国はイギリスに屈したことで、「世界ナンバー1」の地位を失った。それから約半世紀後の1894年に日清戦争が起こり、清帝国は日本に屈したことで、「アジアナンバー1」の地位も失った。こうして20世紀の前半は、日本がアジアを軍事的に支配した。20世紀後半は、引き続いて日本が経済的に、そしてアメリカが軍事的に支配した。
 21世紀に入って、周知のように中国の台頭が目覚ましい。2010年に中国は、GDPで日本を追い抜いて、アメリカに次ぐ世界ナンバー2の経済大国にのし上がった。中国は、公表している経済統計も軍事費も正確さと透明性に欠けるが、私の推定では、経済力でアメリカの3分の2、軍事力でアメリカの3分の1規模まで来ている。軍事力に関して言えば、世界中に展開しているアメリカ軍と違って、人民解放軍は東アジア地域に集中しているので、東アジアにおいては、すでにアメリカ軍と同等の能力を有していると言ってよい。
 換言すれば、20世紀と21世紀しか実感のない現存の日本人が未経験の世界に、アジアは突入しつつあるのだ。それが、「パックス・チャイナ」の世界である。
 日本は、2世紀ぶりに「アジアの中心」に躍り出ようとする中国と、どう対峙していくか。これは21世紀の日本にとって最大の外交問題である。その選択肢は大別すると、「中国に従う」「中国に対抗する」「中国を無視する」……と、いくつか存在する。
 201212月に発足したいまの安倍晋三政権は、「中国に対抗する」という選択肢を選んだ。この3年半の安倍外交は、「中国への対抗」という一点に収斂されると言っても過言ではない。現役の首相として、10年前に退陣した小泉純一郎首相以来となる靖国神社参拝を果たしたのも、昨年4月にアメリカ連邦議会で演説したのも、今年3月に安全保障関連法を施行させたのも、すべては中国に対抗するためだ。
 今年3月に内閣府が発表した世論調査によれば、日本人の実に832%が、中国に親しみを感じていない。日本が100年以上維持してきた「アジアの盟主」の地位を、中国が奪おうとしているのだから、日本人の中国への嫌悪感は、ある意味、当然とも言えるだろう。また安倍政権は、そうした国民の「反中感情」のバックアップを受けて、3年半に及ぶ長期政権を維持しているのである。
 次に、中国の立場に立った視点からも見てみよう。
 中国が2世紀ぶりに、アジアの盟主になれるのかという大事な時期に、北京の「中南海」は、習近平という指導者を、「第5代皇帝」に推戴した。
 私は、習近平政治の特徴を、「北京人」「毛沢東」「古代回帰」という3つのキーワードで言い表せると考えている。
 まず、「北京人」について説明しよう。1949年にいまの中国を建国して以降、「初代皇帝」毛沢東は湖南人、2代目の鄧小平は四川人、3代目の江沢民は江蘇人、4代目の胡錦濤も江蘇人(もしくは安徽人)なので、習近平は初めての生粋の北京人である。
 私は201211月に、習近平新総書記の就任演説を間近で聴いたが、完璧な標準中国語を話すのに驚いたものだ。中国は日本の25倍もの国土があるので、出身地が違えば、言葉から食事、気質まで違うのである。
 北京人の特徴とは、思いつくままに縷々(るる)書き連ねれば、プライドが高い、メンツ重視、頑固、短気、大胆、保守的、大雑把、お人好し、政治好き、経済オンチ……といったことだ。これは、過去2代の江蘇人指導者の最大の特徴だった「リスク回避の志向」とは、まるで異なる。
 習近平主席の特徴の第2のキーワードである「毛沢東」に関しては、習近平主席の幼なじみから、次のような話を聞いたことがある。
 「習近平は、父親の習仲勲(元副首相)が文化大革命前に失脚した影響で、15歳から22歳まで、北京の幹部用豪邸から陝西省の穴倉に追放された。その間、『人民日報』と『毛沢東語録』しか読むことを許されず、毛沢東主席にすっかり洗脳されてしまったのだ。
 ある時など、『オレは毛主席の60年後に生まれたんだ』と吹聴していた。古代中国には『還暦の思想』(人間は60年で生まれ変わる)があったが、自分を毛沢東主席の生まれ変わりと思っているようだ」
 習近平主席が、いかに尊敬する毛沢東主席をまねているかを示す例は、枚挙にいとまがない。演説にはほぼ必ず毛沢東語録が入るし、所作は毛沢東ソックリ。そして「中南海」での権力掌握術から、国民との接し方まで、毛沢東主席の生き写しのようなのだ。
 毛沢東という名を聞いて中国人が想起するのは、建国の英雄であり、中国共産党の象徴であり、晩年には文化大革命を主導した独裁者である。
 第3の特徴である「古代回帰」は、前述の通りだ。すなわち習近平主席は、盛唐の時代を理想型とする「冊封体制」を、常に頭に描いて執政しているように見受けられる。
 この「北京人」「毛沢東」「古代回帰」という3つのキーワードを組み合わせると、習近平政治の本質が見えてくる。それを一言で言い表すなら、「21世紀の皇帝政治」である。
 習近平政権のキャッチフレーズは、「中国の夢」(チャイニーズ・ドリーム)。これは略称で、正確に言うと、「中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現」だ。その意味するところは、自分が「アジアの皇帝」として君臨する「パックス・チャイナ」を、21世紀のアジアに構築することに他ならない。
 それでは21世紀のアジアは、本当に「パックス・チャイナ」の時代を迎えるのか。中国がこのまま順風満帆に台頭していくなら、かなり高い確率で、「パックス・チャイナ」の時代が到来するだろう。
 特に、今年11月に共和党のトランプ候補が、次期アメリカ大統領に当選すれば、その時代に一歩近づく。トランプ候補が主張するように、アメリカ軍がアジアから撤退していくなら、「アジアの空白」を埋めるのは、チャイナ・パワーとなるに違いないからだ。
 だが、「歴史とは予測不能な波乱の集積」と言うように、中国がこのまま順調に台頭し続けるとは限らない。
 まず、1978年末に鄧小平が主導して改革開放政策を始めて以降、怒濤のように成長してきた中国経済が、いまや青息吐息となりつつある。そんな時、中国の最高指導者は、毛沢東ばりの経済オンチである習近平主席なのだ。
 政治的には、「プーチン大統領のロシア」のような習近平主席の独裁体制になりつつあるが、それでも来年秋の第19回共産党大会へ向けて、ナンバー2の李克強首相率いる「団派」(共産主義青年団出身者)の反撃が始まっている。何と言っても「団派」は、8000万人ものエリート集団なので、そう簡単に屈服はさせられない。
 138000万人の中国人も、毛沢東主席を妄信していた前世紀の中国人民とは違う。いまや年間1億人以上が海外旅行に出かけ、インターネットとSNSで、世界中の情報と日々接している。独裁体制をすんなり受け入れる「土壌」ではないのだ。
 対外的にも、今年520日には「台湾独立」を綱領に掲げる民進党の蔡英文主席が、台湾総統に就任した。また、中国が南シナ海の埋め立てを強行するほど、ASEANは中国への警戒を強めていく。そもそも中華思想は、自由・民主といった人類の普遍的価値とは相容れない。
 いずれにしても、習近平主席の「パックス・チャイナ」戦略は、日本も巻き込んで進んでいく。その意味で、隣国の状況を深く識ることが大事である。
(講談社「本」7月号より転載)

軍事力は、あくまで政治的な「圧力」をかけたり、軍事的な「牽制」をするための手段にすぎない、ともいえるでしょう。大国に直接行使することはしません。




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