2017年7月21日金曜日

米中戦争の時代 ~「海軍戦略」という戦い~

東アジアで中国海軍と米海軍の力が逆転する日

明確な海軍戦略を描く中国、かつての栄光にすがる米国

北村淳


今年だけでも既に2隻が誕生した中国海軍の054A型フリゲート

 トランプ大統領は「強いアメリカの再現」のシンボルの1つとして、大統領選挙中から一貫して大海軍再建を標榜し、国防予算、とりわけ海軍関連予算の大増額計画を打ち出している。
 しかしながら、トランプ政権発足後半年を経過した現在まで、大海軍再建の司令塔となるべき海軍長官(海軍と海兵隊の最高責任者でシビリアンのポスト)人事が決定していない(これまでは代理海軍長官としてシーン・スタックリー氏が代行してきた)。トランプ大統領は20176月初旬に元投資会社役員のリチャード・スペンサー氏を海軍長官候補に指名し、あと数週間以内には上院で指名認可がなされる見込みとなっている。だが、大海軍再建計画が順調に滑り出すまでにはまだまだ時間がかかる状況と言わざるを得ない。
順調に進んでいる中国の大海軍建設
 一方、中国においても、「中国の国益を保護するための大海軍建設」が喧伝されている。共産党独裁国家である中国では、党が打ち出した「大海軍建設」はアメリカと異なり極めて順調に進んでおり、今後も加速度的に海軍力が強化されていくものと思われる。
 ちなみに、2017年上半期に誕生した中国海軍艦(小型艇を除く)は以下の10隻である(表)。

 2016年に大小取り混ぜて30隻ほどの艦艇を誕生させた中国海軍の戦力強化は、少なくとも数の上では目覚ましいものがあるとアメリカ海軍側も認めている。
 新鋭艦艇の質に関しては「見かけ倒しではないか」「恐るるに足りない」といった評価を下している海軍首脳も少なからず存在する。だがそれに対して、「確実な情報がない以上、そのように楽観視しているととんでもないことになりかねない」「アメリカも含めて世界中から最先端技術を取り込んでいることを忘れてはならない」と警戒を促す人々も少なくない。
 いずれにせよ、対中戦略を専門とする海軍関係者たちは、「敵を過大評価して恐れおののくのは慎むべきではあるが、敵を過小評価するのはさらに良くない姿勢である」との基本姿勢を尊重している。


中国国産の001A型航空母艦

海軍戦略達成のために強化される海軍戦力
 人民解放軍は昨年より抜本的再編成を進めている。中国国営メディア(人民日報、環球時報)によると、その一環として陸軍人員数の大幅削減を実施するという。また、海軍、ロケット軍(かつての第二砲兵部隊)、そして新設された戦略支援部隊の人員数は、今後それぞれ大幅に増強するという。空軍は現状維持とされている。
 人民解放軍再編成の方針に基づき海軍力増強が推進されていくことは間違いないものと思われる。実際に、2017年上半期だけでも上記のように多数の軍艦が誕生している。
 そもそも、中国海軍が近代的海軍(海上自衛隊など西側海軍と肩を並べるような海軍)となりうるきっかけとなったのは、1980年代に鄧小平軍事委員会主席の片腕として活躍した海軍司令員(海軍のトップ)、劉華清が打ち出した防衛戦略である。
 毛沢東時代の中国の防衛戦略は、基本的には敵勢力を中国大陸内部に引き込み、ゲリラ戦も交えつつ殲滅していくというものであった。それは自然と陸軍が中心となる戦略であった。当時はアメリカの核恫喝に自力で抵抗するため核搭載大陸間弾道ミサイルの開発運用にも多大な資源が投入された。そのため、海軍や空軍を充実させることは後回しにされ、鄧小平によって国防改革が開始された当初は、中国海軍は沿岸警備隊(それも時代遅れの)に毛が生えた程度の極めて貧弱な海軍に過ぎなかった。
 このような状況に対して劉華清は、「鄧小平による経済発展策の根幹となる幅広い交易活動を支えるには強力な海軍戦力が必要である」と力説した。そして、劉華清が打ち出したのが、「近海積極防衛戦略」と呼ばれる海軍戦略であった。
 すなわち、日本列島から台湾、フィリピン諸島、そしてカリマンタン島(ボルネオ島)を経てシンガポールに至る、いわゆる第1列島線内の東シナ海や南シナ海に進攻してきた敵(=アメリカ海軍や海上自衛隊をはじめとするアメリカ側海軍)を、それら海域のできるだけ遠方で撃破し、中国沿岸域には敵を寄せ付けない──そして、いずれは第1列島線に接近させないようにする、という戦略である。
「積極防衛戦略」の“積極”というのは、「島嶼や海岸線を防衛するには、待ち受けるのでなく、こちらから出撃しできるだけ遠方洋上で敵を迎え撃たねばならない」という海洋国家防衛の伝統的鉄則を意味している。そこで、その戦略を実施できるだけの実力を持った海軍を建設することが急務となり、1980年代後半から近代海軍建設に努力が傾注されたのである。
 海軍建設には少なくとも四半世紀はかかると言われているが、21世紀に入ると中国海軍は近代海軍の呈を成し始め、2010年を過ぎるといよいよ強力な海軍として世界中の海軍から一目置かれる存在になってきた。
 そして、昨年から正式に推し進められている人民解放軍の再編成と平行して、海軍戦略も「近海積極防衛戦略」からさらに歩みを進め、「外洋積極防衛戦略」とも表現しうる戦略へとバージョンアップされた。
 中国国防当局はアメリカや日本を強く刺激することを避けるため、この戦略を単に「積極防衛戦略」と称している。だが、要するに敵を撃破する海域を東シナ海や南シナ海からさらに遠方の西太平洋へと拡大させた戦略ということになる。

海軍戦略を欠いているアメリカ
 このように、中国の軍艦建造の目を見張るほどの勢いは、明確な海軍戦略を達成するために必要不可欠の動きということができる。
 ところが、トランプ政権が打ち出している350隻海軍建設は「偉大なアメリカの再建」という政治的目標の道具の1つとはなり得るが、確固たる海軍戦略に基づいているわけではない。
 そもそも、「近海積極防衛戦略」そして「(外洋)積極防衛戦略」といった具体的な海軍戦略を策定してきた中国軍とは異なって、アメリカ軍は「エアシーバトル」「マルチドメインバトル」といったコンセプトを打ち出してはいるが、いずれも戦略というレベルのものではない。
 達成すべき海軍戦略を構築し、それに向かって海軍戦力増強にいそしむ中国。片や、確固たる戦略なしにかつての栄光を取り戻すために大海軍を再建することを標榜しているアメリカ。これでは、少なくとも東アジア海域における海軍力バランスが逆転する日が現実のものとなってしまったとしても不思議ではない。

《維新嵐》確かに共産中国の軍事力は、著しい予算ののびと防衛力の整備、兵士の質的向上をはかりながら、急速にかつ効率的に拡大しています。しかしアメリカは、共産中国とは違う意味で軍事力の整備、強化をしているところはまちがいないようです。北村氏とは別の視点からアメリカ軍の対中戦略をみていきましょう。

中国軍の急拡大にイノベーションで対抗する米軍

米海兵隊がドローン、3Dプリンタ、人工知能の本格活用へ

2017.7.14 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50452?utm_source=editor&utm_medium=self&utm_campaign=link&utm_content=recommend
部谷直亮

一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構研究員成蹊大学法学部政治学科卒業、拓殖大学大学院安全保障専攻修士課程(卒業)、拓殖大学大学院安全保障専攻博士課程(単位取得退学)。財団法人世界政経調査会 国際情勢研究所研究員等を経て現職。専門は米国政軍関係、同国防政策、日米関係、安全保障全般。
海兵隊は、強襲揚陸艦から垂直離着陸が可能な大型無人戦闘機を開発中だという。写真はワスプ級強襲揚陸艦の飛行甲板に並べられたMV-22B オスプレイ(資料写真、出所:Wikipedia

 圧倒的な質、量を手に入れつつある中国軍に対し、米海兵隊は軍事イノベーションを活用して対抗しようとしている。今回はその取り組みの内容と意味するところを紹介しよう。
中国軍の攻撃で在日米軍は瞬時に壊滅?
 2017年629日、米シンクタンクのCNAS(新アメリカ安全保障センター)注目すべき発表を行った。トーマス・シュガートとヤビエル・ゴンザレスの2人の現役米海軍中佐が公開情報とシミュレーションを駆使して分析したところ、在日米軍は中国軍のミサイル攻撃で一瞬にして壊滅してしまうというのだ。
 彼らは日本各地の在日米軍に関係する飛行場、港湾、司令部、通信施設、燃料タンク、その他の重要インフラを500カ所リストアップし、それらに中国軍がミサイルを撃ち込むというシミュレーションを行った。
 まず、発射から15分以内に、沖縄、西日本、北陸、岩手以北等を射程に収める1200発の短距離弾道弾と、日本全土を射程に収める200300発の中距離弾道弾が日本列島を襲う。その後、爆撃機と地上発射型巡航ミサイルが第2波として襲来する。これに対し、日米のPAC-3とイージス艦は物量で圧倒され、一部を除き迎撃はほとんど不可能である、というのが2人の見立てである。
 そして、彼らが導き出した結論は、「米軍はTHAADをさらに調達し、日本に事前配備しておくべきである。数十億ドルのミサイル防衛は、数十億の船舶、航空機、施設、人命を救えるのだから」というものであった。
 実は米国ではこうした見解は今や決して珍しくはない。実際、ミサイルだけではなく、艦艇でも中国軍の戦力強化は目覚ましい。2016年に中国海軍が就役させた主力艦艇は11隻だった。それに対して、米海軍は3隻、海自はたった1隻である。

 質でも同様だ。米軍事アナリストのカイル・ミゾカミ氏をはじめ多くの専門家が、今年進水した中国軍の55型駆逐艦を、米海軍の主力艦であるアーレイ・バーグ級に匹敵すると評価している。
強襲揚陸艦を「ドローン空母」に
 こうした状況に対しイノベーションで対応しようとしているのが、米軍の「第3の相殺(オフセット)戦略」である。特に米海兵隊は「ドローン空母」や「3Dプリンタ」で対抗しようとしている。
 73日の米外交専門誌「ディプロマット」でトビアス・バーガースとスコット・ロマニウクが海兵隊のドローン空母構想を紹介している。その概要は以下のとおりである。
・海兵隊は、強襲揚陸艦から垂直離着陸が可能な大型無人戦闘機を開発中である。これは「MUX」と呼ばれるシステムである。
・この機体はV-22オスプレイと同じ速度・航続距離を持ち、その護衛が可能である。またF-35と同じミサイルを搭載することができ、空対空戦闘、電子戦、指揮統制、早期警戒、航空攻撃も可能である。2017年に最初のテスト飛行が行われ、2026年以降に運用システムが完成する見込みである。
・中国や北朝鮮が対艦弾道ミサイル等によって米空母に深刻なリスクをもたらそうとしている。そうした時代において、こうした小型艦艇と無人機によるシステムは南シナ海、東シナ海で有効性を発揮するだろう。
・日本のいずも級ヘリ搭載駆逐艦にもこのようなシステムを搭載させれば、日本は堅牢な無人機艦隊を得ることができ、本土周辺を超えて航空戦力を展開・強化できる。米海軍の負担も軽減できる。
 大型無人機は戦闘機に比べて予算的にも人的にもはるかにローコストである。それらを、やはり空母に比べると予算が少なくて済む強襲揚陸艦に搭載することで、中国の非対称戦略(安価な手段で、高価値目標を破壊する)に対抗しようというのである。
3Dプリンタによる兵站革命は新次元へ
 また、こうした構想と並んで海兵隊が強力かつ急速に推進しているのが3Dプリンタの軍事転用である。海兵隊の3Dプリンタ活用はドローン、AI、ブロックチェーンといった最新のテクノロジーと結び付けることで新たな段階へ踏み込みつつある
 海兵隊がこれほどまでに3Dプリンタの導入を目指す理由は、第1に、海兵隊が旧式兵器を抱えた組織だからである。要するに、補充が難しい装備を抱えているということだ(これは自衛隊も同様である)。海兵隊の担当者は、「金属製部品の製造は数週間から数カ月かかっていたが、3Dプリンタならば数時間で可能だ。これによって海兵隊の侵攻作戦は一気に容易になる」と述べている。
 そしてもう1つの大きな理由は、中国等の現実の脅威への対応である。中国軍はA2/AD戦力を強化することで、米軍の前方展開拠点と本国からの来援を防ごうとしている。つまり米軍にとっては、有事の際に破壊された部隊や装備を早急に回復するための補給が困難になるということである。最初に述べたように、中国軍はミサイル戦力だけで在日米軍を壊滅することが可能だ。となれば、米軍が3Dプリンタという兵站革命に力を入れるのは当然であろう。米空軍も2019年に3Dプリンタ製部品を積載した軍事衛星を打ち上げる予定だが、これも短期間で生産することで中国などの衛星破壊に対抗するためである。
 では、実際にどのような取り組みが行われているのだろうか。
 第13Dプリンタをドローンと組み合わせることだ。海兵隊は今夏にも、3Dプリンタで生産した偵察用ドローン「ニブラー」を実戦配備する予定である。これは前線で生産可能であり、随時新しい部品にアップデートすることができる。将来的には偵察以外のドローンも同じ方式を導入していくとされ、まさに相手の物量には3Dプリンタによる物量で対抗しようというのである。
 また、3Dプリンタでよく問題視されるのが、生産データの流出である。つまり、サイバー攻撃等で生産データが盗まれると、相手側がそのまま同じ兵器を生産できてしまう危険性があるのだ。
 この対応策としては、ビットコインやフィンテック等に使用されている「ブロックチェーン」技術(P2P技術を活用してデータを分散管理する技術)の導入が国防総省全体で進められている。ブロックチェーンで3Dプリンタデータを保護する取り組みは、DARPA、米海軍のDON Innovatorが既に試験を開始している。米海軍はこの夏に試験を実施し、9月に詳細な報告を発表する予定だという。この試験によって生産データ流出問題の解決に一定の目途が立てば、3Dプリンタはより導入が本格化するだろう。

 最後は、人工知能(AI)との組み合わせである。海兵隊副司令官(兵站担当)のマイケル・ダナ中将は、今年6月、「Military.com」誌の取材に対し、将来的に海兵隊のトラックは、人工知能によって消耗寸前の部品を診断・発見し、自動的に注文を行い、消耗する前に3Dプリンタで生産した部品が自動的に届けられるようになると明らかにした。
 ダナ中将は、「将来的に海兵隊は、工場で作られた部品が届くのを待つのではなく、瞬時に3Dプリンタで生産・交換できるようになる最初の軍隊となる」と言う。人工知能と3Dプリンタの組み合わせが実現すれば、海兵隊の兵站効率は予算・時間共に大幅な効率化が図られるだろう。

自衛隊は「ファッションショー」に夢中?
 これらの方向性は2つに総括できる。
 第1は、非対称戦略の採用である。海兵隊はドローンと3Dプリンタを装備体系の中核に据えることで、膨大かつ安価なシステムを構築し、中国軍の質量ともに膨大な兵器群に対抗しようとしている。特に、いずもへの無人戦闘機導入は注目すべきアイデアであろう。
 第2は、民生技術の転用である。人工知能も、ドローンも、3Dプリンタも、ブロックチェーンも民生発技術である。民間の低価格・高性能な技術をいち早く転用することで、質における優位性を確保しようというわけだ。
 実際、ダナ中将は「将来的に海兵隊は、工場で作られた部品が届くのを待つのではなく、瞬時に3Dプリンタで生産・交換できるようになる最初の軍隊となる。テスラの自動車はソフトウエアが自動的にアップグレードされているし、私の妻のレクサスはオイル交換が必要な時期を教えてくれる。これは既に民間にある技術であり、それを軍隊に組み込みたいのだ」と述べており、民間の優れた技術の確保を重視しているのは明らかだ。
 海兵隊と同規模の自衛隊はこうした柔軟な発想を見習うべきである。しかし、装備庁・自衛隊にその姿勢は見られない。一部を除いた技官の多くは非常に狭いタコツボ型知識に拘泥しており、自衛隊も「軍隊かくあるべしという形式主義」から抜け出せていない。
 先頃、陸自は各駐屯地で、新しい制服は黒・紫・濃緑の3種類のどれが良いかというアンケートを行った。新制服はデザインもストライプを入れたり、制帽の装飾を増やしたりするなど現行から大きく変化している。だが、陸自の17万人分の制服変更ともなれば、膨大な予算と時間が浪費されるのは言うまでもない。形式主義の最たるものであり、隊員の多くがこれに反対している。自衛隊に、こうした余裕はもはやないはずだ。今こそ、発想の転換と外部を巻き込んだ自由な議論が求められている。



《維新嵐》量で「攻めてくる」共産中国に対し、アメリカは「量より質」かな。
特徴は民間業界の優れた技術を導入することにより、軍事兵器に応用されますね。
発想の柔軟性で、逆に解放軍を抑止したいところです。なおAIの進化形については、以下のような事例があります。AIは軍事兵器への応用でも切り札になる予感は大きいです。

AIがカメラの再発明を可能にする
川手恭輔 (コンセプトデザイン・サイエンティスト)
 一眼レフカメラは「素晴らしい写真」を撮ることができます。明るい交換ズームレンズ群、大きなイメージセンサー、高速シャッターなど、プロのカメラマンが一眼レフを使う理由は少なくありません。
 一眼レフカメラには、絵文字が付いたダイヤルやボタン、そして液晶画面で設定できる機能が満載されています。しかし、初めての子供が生まれた、海外旅行に行くなどのきっかけで一眼レフを購入しても、せっかくの機能を使いこなすことができずに、「スマートフォンでもいいや」ということになってしまっている人も多いのではないかと思います。「一眼レフは素晴らしい写真を撮ることができる」という見解には、「プロのように使いこなすことができれば」という前提条件がつきます。

米国のベンチャー企業が発表したArsenal(アーセナル)という、一眼レフのアクセサリシューに取り付ける小さなデバイスは、AIによって、その前提条件を一眼レフから取り払おうとしています。そして、それは一眼レフカメラを再発明するヒントにもなりそうです。
 プロのカメラマンは、目の前のシーンのいくつかの特徴に着目し、残したいイメージの写真を撮影するためのカメラの設定を考えます。そして、フレーミングをして、タイミングを見極めてシャッターを切ります。
 フレーミングとは、目の前のシーンから、被写体をどのように切り取って画面を構成するかということです。ファインダーを覗いて、被写体をアップで撮るのか全体を撮るのか、ズームを使うのか自分が近寄る(遠ざかる)のか、さらに地面に屈んで下から撮るのか、あるいは上の方から覗き込むように撮るのかなどを決めます。動いている被写体をカメラで追いかけながら撮るのか、カメラを動かさずに撮るのかを考えることもあるでしょう。
 残したいと思うイメージは、人の感性によって異なります。フレーミングやシャッターを切るタイミングも、撮る人の感性が頼りです。いろいろなシーンで、たくさんの写真を撮影をすることで「素晴らしい写真」を撮るための感性が磨かれて行きます。一眼レフカメラは、写真に表現できるイメージの幅が広いのです。しかしカメラの機能や、その設定の方法を理解して操作することは作業です。それらの作業が好きな人もいますが、子供が成長する姿を残したい、海外旅行の思い出をたくさん残したいと考えている人にとっては無用のことです。

 デジタルカメラで撮影された写真には、Exif(イグジフ)と呼ばれる撮影情報が付属しています。インターネットで共有されるプロの写真でも、Exifが付属していれば、使用されたカメラやレンズと、露出モード、絞り、シャッタースピード、ISO感度、焦点距離、ホワイトバランスなど、その写真がどのような設定で撮影されたかを知ることができます。
 しかし、プロのカメラマンが撮影した写真と、そのExifの情報とを見比べてみても、そのシーンのどこに着目して、それぞれの設定をしたのかはわからないでしょう。複数の要素から一つの設定を決めたり、一つの要素によって複数の設定を調整したり、あるいはカメラマン自身も明確に説明することができない、豊富な経験からくる勘のようなもので設定していることもあるかもしれません。
 Arsenalのチームは、数百万の写真を学習したAIを搭載したと言っています。そこでは、畳み込みニューラルネットワークという、特に画像認識に大きな力を発揮しているAIが使われています。
 学習を終えてArsenalに搭載されたAIは、カメラのライブビューの画像を解析し、プロのカメラマンが撮影した数千の解析済みの写真の中から、もっとも似ている30の写真を選びます。似ていると判断する基準は、AIが学習の過程で学んだものです。そして、30の写真のExifの情報からカメラの設定を計算します。
 しかし、選ばれた30の写真が撮影されたときの条件と、現在の条件には必ず違いがあります。カメラやレンズが異なるでしょうし、被写体が動いていたり、風などの影響でカメラが振動しているかもしれません。Arsenalは振動のセンサーを備えており、カメラやレンズの情報も取得し、それらの条件を考慮して再計算した推奨の設定を、ユーザーのスマートフォンの専用のアプリに送ります。
 アプリでは、被写体の一部だけにフォーカスをあてたい、あるいは画面全体を鮮明に写したいといった、撮影するユーザーの意図によって設定を変更できます。そして、アプリからカメラのシャッターを切ります。
公開されている情報やブログを読む限りでは、Arsenalは三脚に固定したカメラに装着することを前提にし、そのAIは風景の撮影に特化した学習をしているようです。それは、カメラに取り付ける外部デバイスという制限によるものかもしれません。
 AIの性能は、どのような学習をしたかにかかっています。ライブビューの画像に似ている写真の撮影情報からカメラの設定の推奨値を導くというアイデアも含めて、Arsenalの実用性は、製品が出荷が予定されている20181月まで未知数です。しかし、そのチャレンジや良しと期待したいと思います。
畳み込みニューラルネットワークというAIは、クラウドや自動車などの、コンピューターのパワーを十分に使える環境で稼働するものでした。しかし、AIを動かすための省電力で小さいチップの登場や、AI自体を軽くする取り組みによって、Arsenalのような小さいデバイスでも稼働させることが可能になりました。ArsenalAIは、お勧めの設定を提案するに止まっていますが、一眼レフカメラにAIを搭載すれば、より積極的な活用が可能になるはずです。
 AIの活用とは、人間が知能を使って行う作業を自動化することです。写真の撮影で、自動化すべき作業とは何でしょうか。ベテランのプロカメラマン、チャーリー・ハウスが、自身のキャリアを振り返って次のように言っています。
 「あまりにも長い間、素晴らしい写真は技術的に優れていなければならないと考えていました。しかし技術的側面は、芸術的側面あるいは構成的側面よりも重要ではないということに、私はようやく気がついたのです」
 ファインダーを覗きながら子供と会話したり、目の前の風景に感動してカメラを取り出したりしながら、シャッターを切る前に、残したいイメージを創ることが、写真の芸術的あるいは構成的な側面です。そのとき、カメラの設定を考えて操作することは、AIに任せて自動化すべき煩わしい作業です。
 絞り、シャッタースピード、ISO感度、ホワイトバランスといった言葉を、カメラのユーザーインターフェースから排除しなければなりません。それには、ファインダーを覗きながら、あるいは液晶画面のライブビューを見ながら、残したいイメージをAIに伝えるための新しいユーザーインターフェースを発明する必要があります。それは、一眼レフカメラの再発明です。
 しかし、その新しいカメラは、子供が成長する姿を残したい、海外旅行の思い出をたくさん残したいと思う、一般の人たちだけのものではありません。
 1976年にキヤノンが露出の設定を自動化したAE-1を発売して、一眼レフカメラの本格的な電子化が始まりました。1985年にミノルタ(2006年にカメラ事業をソニーに譲渡)が発売したオートフォーカス(AF)機能を備えたα-7000は、一般向けの一眼レフの市場を席巻しました。いまではAEAFは、プロのカメラマン向けの一眼レフにも搭載されています。

 AIが技術的側面を担当できるようになっても、芸術的側面や構成的側面はプロフェッショナルの仕事として際立つはずです。チャーリー・ハウスの言葉は、彼の弟子のジェシー・ジェームス・アレンが作成した6分間の動画(英語)のなかで語られています。https://vimeo.com/220393249



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