2016年5月21日土曜日

【米中戦争の様相⑦】アメリカ海軍による南沙諸島への3回目のFON作戦を実施

米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由
中国に防衛力増強の口実を与えてしまっているFONOP
北村淳 2016.5.19(木)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46862


米海軍が第3FONOPで派遣したウィリアム・P・ローレンス(出所:Wikimedia Commons

 アメリカ海軍太平洋艦隊は、2016510日、南沙諸島のファイアリークロス礁周辺12海里内海域に駆逐艦「ウィリアム・P・ローレンス」を派遣した。201510月の第1回目、そして今年(2016年)1月の第2回目に続く、第3回目となる「FONOP」(航行自由原則維持のための作戦)の実施である。
ほとんど効果がない散発的なFONOP
今回のFONOPの対象となったファイアリークロス礁は、中国が人工島を建設しており3000メートル級雨滑走路の運用も開始されている。そしてフィリピン、ベトナム、そして台湾も、この環礁に領有権を主張している。
 アメリカ政府によると、「ファイアリークロス礁の領有権を主張している国々のうち、中国、ベトナム、台湾は、ファイアリークロス礁周辺12海里に艦船を近づける場合には、事前にそれぞれの政府に通告するよう求めている。だが、そのような要求は国際海洋法に違反している」という。そこで、アメリカは「国際海洋法に反して自由航行原則を制限する主張に自制を求めるために、FONOPを実施した」ということである。
 つまり、今回のFONOPはファイアリークロス礁での中国による人工島建設や本格的航空基地に対する軍事的威嚇を加える意図は毛頭なく、またアメリカの伝統的な外交原則に遵ってファイアリークロス礁の領有権紛争に介入するものでもない、というのがホワイトハウスの建前である。
もちろん、いくらアメリカ政府がこのような声明を発したとはいえ、中国は「アメリカ軍艦は中国の法律(中国領海法)を踏みにじり、中国の領域に軍事的脅威を加え、南シナ海の安全と平和をかき乱す行為を繰り返した」と強く反発している。人民解放軍は戦闘機でアメリカ駆逐艦を威嚇し、軍艦で追尾を続けた。
このような、アメリカ側の建前としての政治的声明と、それに対する中国政府による反発は、散発的に行われている南シナ海でのFONOPで毎回繰り返されている“お決まり”のやり取りである。実質的に軍事的緊張が生じているわけではない。
 さして強い軍事的示威行動とは言えないFONOPを散発的に実施しても、中国が莫大な資金を投入して推し進めている人工島や3000メートル級滑走路、そして軍事基地群の建設にストップをかけることなどとうてい不可能である。そのことは当事者のアメリカ海軍はもとよりオバマ政権としても十二分に承知している。
 しかし、その程度のデモンストレーションしか軍事オプションとして選択できない点が、ホワイトハウスの対中姿勢を如実に示している。
中国に防衛力増強の口実を与えてしまっているFONOP
それだけではない。かつて圧倒的な軍事力を擁し“世界の警察官”として振る舞っていた当時のアメリカの論理に立脚したFONOPを、南シナ海というアメリカから遠く離れた中国の前庭のような海域で不用意に実施したため、中国側にさらなる戦力強化の口実を与えてしまった。
 第2回目のFONOPは、南沙諸島ではなく、西沙諸島(中国がベトナムから戦闘の末に奪取し、以後40年近くにわたって実効支配を続けている)のトリトン島沖12海里内海域をアメリカ駆逐艦が通航するという作戦であった。
 トリトン島自体には小規模な人民解放軍部隊しか駐屯していない。だが、トリトン島に近接している永興島には、軍事施設のみならず西沙諸島や南沙諸島を含む南シナ海を統治する三沙市政庁や商業漁業施設があり多くの民間人も居住している。そのため中国人民解放軍は、「西沙諸島に軍事的脅威を与えているアメリカ軍から永興島に居住している数多くの一般市民を防衛する必要がある」との理由で、永興島に地対空ミサイル部隊と地対艦ミサイル部隊を展開させてしまった。
 中国当局よれば、「自国領域とそこに居住している民間人を保護するために、やむを得ず“専守防衛的兵器”である地対艦ミサイルと地対空ミサイルを配備した」ということである。その結果、アメリカ軍は航空基地や海軍施設がある永興島の周辺上空に航空機を接近させることはもとより、永興島から280キロメートル圏内の海域に軍艦を派遣することすら、危険な状況になってしまった。
ますます“民間人の盾”を活用する中国
のような状況を自ら生み出してしまったにもかかわらず、再びアメリカはさして効果のない散発的FONOPをファイアリークロス礁に対して実施した。
 ファイアリークロス礁は、3000メートル級滑走路が設置されている人工島である。大規模な空港や港湾施設の完成も間近に迫っており、建設関係者や飛行場開設関係者など多くの民間人が居住している。そのため、再び中国人民解放軍は「中国固有の領土を防衛し、一般市民の生命財産を保護するため」に地対艦ミサイル部隊などを展開させることになるであろう。
 中国が7つの人工島すべてにおいて、軍事施設の建設と並行して、各種民間施設の設置を急いでいる状況は確認済みである(参考「中国が人工島に建設した滑走路、爆撃機も使用可能にhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45748)。すでにいくつかの人工島には「南沙諸島周辺海域のナビゲーションの安全を図る」ためと称して巨大な灯台やレーダー施設などが誕生している。軍民共用の港湾施設にはクルーズシップが就航する計画も浮上している。

中国による人工島建設の状況

 このように南沙諸島人工島や西沙諸島に軍事基地と並行して民間施設が次から次へと建設されると、それに反比例するようにアメリカの軍事的介入手段は限定されていくことになる。いくら精密攻撃兵器を多数保有するアメリカ軍といえども、軍事施設と民間施設が混在している狭小な環礁を攻撃すれば、多数の民間人を殺傷することになる。そのため、現実的選択肢からは除外せざるをえないのだ。
 一方、中国人民解放軍は「民間人保護」を口実に、地対艦ミサイルや地対空ミサイルやレーダー施設をはじめとする“専守防衛兵器”の配備をそれらの島嶼に“堂々”と推し進めることになる。その結果、アメリカ艦艇や航空機は、FONOPのような非戦闘的作戦といえども“中国の島嶼群”に迂闊に接近することすらできなくなる。
 オバマ政権が続ける散発的なFONOPには、「中国の南シナ海に対する侵略的な拡張政策に対して、同盟国や国際海洋法を守るために、アメリカも努力している」というポーズを示す程度の効果しかない。それを続ければ続けるほど、南シナ海での軍事的優勢が人民解放軍の手に着実に転がり込んでいくのだ。こうした現在の南シナ海軍事状況を我々としてもしっかりと認識すべきである。




《維新嵐》 南シナ海での自由航行権を守りたい、必要なら同盟国との連携の上で南シナ海の問題に対処していきたい、というアメリカに対して、共産中国のめざす戦略は、共産中国を中心とした南シナ海でのアメリカ抜きの領有権を担保することである。
 アメリカ海軍のFON作戦の主旨は理解できるものの、今までの共産中国の戦略戦術をみてもいわゆる「実弾を伴う」戦争をしかけているわけではない。いわば初めに攻撃をした方が負けなのである。
 FON作戦により、西沙諸島をはじめ共産中国に、対艦ミサイルや対空ミサイルを配備なさしめてしまったことは、目先の利益に目がくらんだホワイトハウスでの対中戦略の失敗の結果として後世まで語りつがれる戦史の負の教訓でもある。
 先に「弾を(ミサイルを)撃つことは敗北を意味する。」それが理解できるからアメリカ海軍は一発もミサイルを撃っていない。逆に「専守防衛」と称して、対艦、対空ミサイルを配備するだけで「武力による威嚇」と理解されるならば、このあたりから世界の価値観を共有する国々に積極的に「事実」を発表して、共産中国の「領土的野心」を糾弾し続けること、外交戦略、情報戦略から共産中国の海洋への侵略を抑止することがまずは軍事作戦よりも効果的なのかもしれない。

南シナ海に「自由航行権」を担保すること=経済、安全保障におけるアメリカと同盟国との連携を担保すること。



さらに前進した米印防衛協力

岡崎研究所
 20160519日(Thuhttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/6753

米国のシンクタンクCSISのリチャード・ロッソウ上級研究員が、カーター米国防長官のインド訪問は両国の戦略的関係を前進させたと評価し、またこのことは政権移行期という不安定な時期を乗り切る上で意義があったとする論説を、2016414日付で同研究所のウェブサイトに掲載しています。要旨は次の通り。
米印関係進展にはずみ付ける今回の訪印
 カーター国防長官の二度目の訪印にはかなり高い期待が寄せられていたが、達成された合意はこの期待を満たすものであり、オバマ政権の残された期間におけるさらなる進展にモメンタムを提供する。
 昨年6月に合意された両国間の戦略的枠組みに基づき、今回合意されたものに、ロジスティックスの相互支援に係る合意(注:燃料、部品、役務などの相互の基地における相互融通の仕組み)の原則的承認がある。防衛技術協力の下での新たなプロジェクトが合意された。潜水艦の安全確保および対潜水艦作戦に関する双方海軍の間の協議、海洋安全保障に関する双方の国防省、外務省の間の対話も始まることとなった。また、インドの「Make in India」計画に呼応して米国はF-16F-18戦闘機のインドでの生産に係る提案を行った。
 インドが安全保障上の重要なパートナーとなるという約束が直ちに実現するわけではない。当面は人道支援、海賊対策およびインテリジェンスの分野での協力が続くことになる。戦略的利益や能力増強の必要性に後押しされて作戦上の深い協力が実現することは、将来の何処かの時点まであり得ないであろう。
 今日、米国とインドの利益はかつてない程整合的である。しかし、能力の点で、両国は非常に異なる水準にある。米国は前のめり気味の姿勢をとり、相互主義の要求をすることなくインドの技術的能力の強化を助けようとしている。このような忍耐と抑制は、米国の支配的な性向とは一般的には考えられていない。
 1年後には米国では全く新しい指導者達が誕生している。しばしば繰り返されるお題目とは反対に、米国とインドの戦略的関係に対する米国内の支持は、時として甚だ薄っぺらであり得る。これは、アジアの安全保障の問題について利益の対立があるからではなく、色々なグローバルな危機が米国の利益を他の方向に引っ張るからである。インドはグローバルな危機における枢要なプレーヤーではなく、従って、両国関係はたちまち無視されかねない。実質的な進展を遂げ、長期の戦略的関係を固めることは、米国の政権移譲期を乗り切るために必要な追い風となる。この点でカーター長官の訪問は成功であった。
出典:Richard M. Rossow,Carter Visit Another Step forward for U.S.-India Strategic Relations’(CSIS, April 14, 2016
http://csis.org/publication/carter-visit-another-step-forward-us-india-strategic-relations
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 カーター長官の訪問の成果の目玉はロジスティックスの相互支援に係る協定の原則合意であったようで、近いうちに署名に至るとされています。非同盟を旨とするインドには、この協定は米国の軍事行動にインドを巻き込む、あるいはインドの戦略的自立性を害するといった懸念が強く、長年棚晒しとなっていました。
長期的観点で成功といえるカーター訪印
 この論説にあるように、米国はインドの防衛技術の向上を支援する姿勢を明確にしているようであり、今回の訪問に際する両国の国防相の共同声明は、先端技術の面で協力を深めることに合意したと記し、これには空母のデザインと運用、およびジェットエンジン技術についての協議が含まれる、としています。
 以上の他、共同声明に特徴的なことは、海洋の安全保障について2つのパラグラフを割いて相当書き込んでいることです。海洋の安全保障の分野で協力を強化するとした上で、民間貨物船の航行に関するデータの共有を進めるための取極めを早期に締結すること、潜水艦の安全確保と対潜水艦作戦に関する双方海軍の間の協議を始めること、および海洋安全保障に関する双方の国防省、外務省の間の対話を始めることに言及しています。さらに、両国防相は「海洋の安全保障を守り、南シナ海を含め地域全体において航行と上空の飛行の自由を確保することの重要性を再確認した」などと述べています。
 この論説のカーター長官のインド訪問の評価の観点は、正鵠を射ていると思います。政権移行期は不安定で思わぬことが起き得ます。次期大統領がトランプでなくとも、既定路線だと思っていたことが覆されることがあり得ます。その意味で、長期的に進めねばならないことはできるだけ固めておくことが賢明であり、カーター訪印がこの観点で成功であったのであれば、歓迎すべきことです。





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