2016年5月12日木曜日

陸上自衛隊・災害支援物資供給マニュアルと今後の課題

元陸自幹部が説く 支援物資供給のあり方

吉富望 (日本大学危機管理学部教授)
20160430日(Sat)  http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6685

 熊本地震では、本震翌日の平成28417日午前9時半の時点での熊本市の避難者数は108266(人口の約15%)であった。ただし、この避難者数は指定避難所に避難した人数であり、自家用車を含む指定避難所以外の場所に避難した人数を加えれば、更に多くの避難者が存在したことは確実だ。ちなみに東日本大震災において仙台市では、地震翌日の避難者数は105947(人口の約10%)であった。

熊本県健軍駐屯地の糧食班((Wedge編集部撮影))

熊本市と仙台市の事例から推定すると、大都市では大規模災害直後に人口の10%15%を超える避難者が発生し、水や食料などの支援物資が必要となる。この推定に基づけば、東京区部(人口9256625:平成2511日現在)では100万人を超える避難者が支援物資を求めることとなる。しかし、被災直後の混乱の中で膨大な支援物資を多数の避難者に迅速に供給するのは至難の業である。政府・自治体は東日本大震災以降、支援物資の供給要領の改善を進めてきたが、熊本地震では東日本大震災と同様、避難者への支援物資供給は困難を極めた。
熊本地震における支援物資の供給要領
 災害時における支援物資の供給要領には「プル型」と「プッシュ型」がある。プル型は支援物資のニーズ把握が可能な被災地へ、ニーズに応じて物資を供給する要領であり、プッシュ型はニーズ把握が不可能な被災地へ、ニーズ予測に基づき物資を供給する要領である。プル型は必要な支援物資を無駄なく提供できる利点がある一方、被災直後の混乱の中ではニーズ把握に時間を要し、結果的に支援物資の供給が遅れるという欠点がある。一方プッシュ型は、ニーズが把握できない場合でもプル型よりも迅速に支援物資を提供できる利点がある。しかし、ニーズ予測が外れた場合には支援物資の余剰・不足が発生するという欠点がある。今回の熊本地震では発災直後にプル型が実施されたが、支援物資の不足や遅配が顕在化したため、2日後の419日からは政府主導でプッシュ型への移行が始まった。その後、九州地方での物流がおおむね回復したことから同月23日には政府がプル型に戻した。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6685?page=2

熊本地震における支援物資供給上の問題点
 今回見えた支援物資の供給における課題は5点だ。
①困難な状況でもプル型を実施
  例えば熊本市では、417日朝には避難者数が10万人を超え、道路を含むライフラインや自治体庁舎が甚大な被害を受けている状況が確認できている。この時点でも熊本市は、ニーズを把握して支援物資を各避難所に輸送するプル型を追求した。もし、この時点でニーズ把握の遅延、支援物資供給に従事する職員の不足、輸送の遅延等によってプル型が機能不全に陥ることを予期し、政府や県と調整してプッシュ型を実施していれば、その後の支援物資の不足や遅配が緩和できた可能性はある。
②プッシュ型の混乱
  419日にプッシュ型へ移行した後も、支援物資の受け手となる自治体や避難所と政府との間で支援物資の内容や輸送先に関する意思疎通が不十分だったり、受け手側の人手不足のために避難者への物資供給が滞ったりとの事例も見られた。こうした混乱は、平素から国と自治体との間でプッシュ型に関する業務要領の確認および実際的な訓練が不十分であったことを如実に物語っている。
③指定避難所以外への避難者のニーズ把握不十分
  熊本地震において被災直後に支援物資供給の遅延や不足が発生した一因は、被災当初、自治体が指定避難所への避難者を支援の対象とし、指定避難所以外への避難者を含めたニーズを把握しなかったことにあると考えられる。実際には、指定避難所以外への避難者が支援物資を求めて指定避難所に集まり、想定を超える支援物資ニーズが発生した。
④車両輸送の機能低下
  強い地震の直後には道路の陥没、家屋の倒壊、土砂崩れ、橋梁の落下、放置車両等によって多くの道路が通行不能となる。残った通行可能な道路には緊急車両や避難者の車両等が集中し、激しい渋滞が発生して支援物資の輸送に大きな支障が生じる。こうした事例は東日本大震災でも散見されたが、熊本地震でも同じ光景が繰り返された。
⑤支援物資供給に携わる職員・要員の人手不足・知見不足
  支援物資供給は自治体が日頃実施しない業務であり、これに習熟した職員は少ない。また、この業務は物資の荷卸し、仕分け、車両への積載等に多くの人手を要するが、被災自治体は避難所運営等の様々な災害関連業務に忙殺される。このため、災害時に支援物資供給に携わる職員が不足し、担当職員の知見不足と相まって業務が滞ることは東日本大震災での事例から明らかであった。また、東日本大震災では自衛隊、他の自治体、企業、NGO、ボランティアも支援物資供給を支援したが、被災直後には十分なマンパワーは確保できていない。熊本地震は、こうした問題への解決策が講じられない中で発生した。
 なお、著者が陸上自衛隊勤務間に従事した災害派遣で見たものは、自らの睡眠や食事の時間を削って避難者支援に没頭する隊員の姿であった。しかし隊員は、苛立った避難者の辛辣な言葉を浴びることもある。こうして、災害派遣が長期化すると心身に大きな負担が加わる。被災自治体の職員も同様である。支援物資供給を担う人たちが倒れれば、業務は遅延し、避難者に更なる辛苦を強いる結果となる。支援物資供給要領は、現場で業務に従事する人たちの過度な負担で成り立つものであってはならない。

災害時における支援物資供給のあり方とは今後を見据えて
 今後、災害時に的確に支援物資を供給していくには。
①ニーズ予測に基づきプル型かプッシュ型かを迅速に決定
  大規模災害であっても発生場所次第では被害が比較的少なく、大量の支援物資を必要としない場合もある。このため、発災後速やかに被害予測と災害が発生した季節・天候・時刻等を踏まえて避難者(指定避難所以外への避難者を含む)の数と属性ならびに必要となる支援物資の種類・量(ニーズ)を予測し、支援物資の備蓄量、輸送能力等を勘案してプル型かプッシュ型かを政府と自治体が協議して速やかに決定する仕組みが必要である。この際、決定を支援するためのデータベースの整備やソフトウェア開発は必須である。また、熊本地震では指定避難所が実態的には地域における支援物資配布所の性格を有していたことを踏まえ、ニーズ予測は指定避難所を中心とする行政区域単位で行うことが妥当であろう。
②海上輸送手段の充実
  被災直後には道路網が寸断され、陸上輸送に大きな支障が生じることは避けがたい。このため、陸上輸送を補完する航空・海上輸送手段の充実は重要である。この際、積載量100㌧程度の高速揚陸艇は、四面環海で多くの離島を擁する日本の国土において支援物資を被災地の小規模な港湾や海岸にも迅速に輸送可能で、河川や運河を用いた輸送にも対応できる。また、この種の高速揚陸艇は航空機(ヘリ)に比べて建造、運用、整備、乗組員養成等に係るコストが格段に安いことも魅力である。自治体や自衛隊が多数の高速揚陸艇を日本の沿岸各地に保持して即応態勢を維持しておけば、発災後における迅速な支援物資の輸送に大いに寄与するであろう。
③支援物資の備蓄拡充
  プル型にせよプッシュ型にせよ、災害用に備蓄してある支援物資を避難者に提供することは支援の迅速性の観点から重要である。とはいえ、指定避難所以外に避難する被災者を含む地域単位のニーズに基づく支援物資備蓄(三日分程度)の量は大都市では膨大となり、備蓄場所の確保が課題となる。この課題に対する一つの答えは、大型貨物船を活用した支援物資の船上備蓄である。日本各地の主要港に備蓄船を配置し、災害時には迅速に被災地の港湾あるいは沖合に移動させて積載した備蓄物資を車両、ヘリ、前述の高速揚陸艇等に積み替えて輸送する。これにより、備蓄場所の確保と海上輸送手段の充実の双方を期待できる。
④支援物資供給態勢の効率化・標準化および実際的訓練
  被災直後に支援物資供給に従事できる人数には限りがある。したがって、最小限の人手で実施可能な支援物資供給態勢を構築する必要がある。そのためには、支援物資の備蓄倉庫や一次保管場所から指定避難所に物資を直送し、荷卸し・仕分け・積載という人手を要する中間結節を極力設けないことが重要である。また、支援物資供給のマニュアルを整備するとともに、支援物資のニーズ予想・把握、在庫管理、輸送車両の運行管理等を人手に頼らず実施できるネットワークシステムを開発する必要がある。なお、こうしたマニュアルやシステムは、異なる自治体の職員等が容易に相互支援できるよう全国で標準化し、実際的な訓練を継続的に行うことが重要である。
おわりに
 今回の熊本地震は、支援物資供給の分野で見ると、政府・自治体の備えの不十分さを露呈した。振り返れば、新潟県中越地震(2004)以降、最大震度6強以上を記録した地震が能登半島地震(2007)、岩手・宮城内陸地震(2008)、東日本大震災(2011)、そして熊本地震(2016)と頻繁に発生している。今後、最大震度6強以上の地震が発生する確率は高く、発生場所が大都市近傍であれば、膨大な避難者への支援物資供給が必要となる。政府・自治体が熊本地震での教訓を踏まえて支援物資供給のあり方を真摯に、かつ早急に検討することを強く期待する。
熊本地震災害派遣隊 第7師団 敦賀上陸
《維新嵐》 日本列島は、中越地震や東日本大震災以降地盤が緩んでしまい、どこでまた地震災害がおこるかわからない様相を呈しています。
今回の熊本地震においても震源が熊本県から大分県にシフトするという従来にないような「震源移動」がみられ、愛媛県など四国への震源シフトが懸念されますが、国の利権がらみの地震予想に縛られずに、国民それぞれがいつ地震がきても2週間程度は、食糧や飲料水が持続するようにまずは備えを万全にすることこそ、まずは最大の防御なのではないかと思います。
 今や地方自治体と自衛隊、アメリカ軍、警察、消防など関係機関が大規模災害に即応できる体制ができています。地震、津波など大規模災害との戦いは、新たな軍事組織の役割であり、付加価値となりました。いわば「人を活かすことが軍事組織の任務」であるといえるでしょう。リアルな災害支援の現場からフィードバックされたデータを元に支援のあり方をカスタマイズしてより支援という軍事活動、作戦行動のあり方を進化させていけることを一国民として切に願っています。
昨年(2015年)の陸上自衛隊の災害支援の実績については以下の通りです。

陸上自衛隊、2015年度の災害派遣は277件 派遣した航空機はのべ539

配信日:2016/05/12 12:05
http://flyteam.jp/airline/japan-ground-self-defense-force/news/article/63272
陸上自衛隊は2016428()2015年度に実施した災害派遣活動などの実績について、統計を発表しました。
 発表によると、陸上自衛隊が2015年度の実施した災害派遣の総数は277件で、派遣した人員は延べ27,529人、航空機は539機、車両は5,092両でした。また不発弾処理の件数は1,392件で約43トンでした。
 災害派遣の内訳は、緊急患者空輸に係るものが205件と最も多く、次いで山林火災などの消火活動が28件と2番目に多くなっています。このほか、給水支援に係るものが14件、行方不明者の捜索救助関連が13件、風水害関連が10件となっており、特に給水支援に係る災害派遣は、20161月に発生した大雪などにより過去10年で最も多い件数となっています。
 陸上自衛隊ではこのほか2015年度の災害派遣に関する特徴として、緊急患者空輸では沖縄県で実施された件数が最も多く全体の約60パーセントを占めたことや、不発弾処理においても沖縄県での処理件数が全国で最も多く全体の約40パーセントを占めていることなどを紹介しています。


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