2017年1月15日日曜日

【情報戦の裏側】これからのサイバー戦争の行方 ~他国も羨む情報資産を守ろう!~

サイバー攻撃で「大手銀行がやられる」?
2017年のテクノロジー・トレンド
BBC News

マシュー・ウォール、ビジネス・テクノロジー編集委員
2016年が政治面で激動の1年だったとするならば、2017年はテクノロジーの分野で同じくらい激動の年になりそうだ。変化のペースは目もくらむ勢いで加速している。私たちの働き方や遊び方、情報の伝え方に及ぶ影響は計り知れない。では2017年に注目しておきたい、主なテクノロジー・トレンドは何だろう。
サイバーセキュリティー
サイバーセキュリティーが2017年の主要なテーマになることは間違いない。どんな技術革新も全て、データの盗難や詐欺、サイバー・プロパガンダ(宣伝工作)の被害をこうむる恐れがあるからだ。
米人気タレント、キム・カーダシアンの強盗被害など大したことはない。ここで言うハッキングはインターネットを破壊し、インターネット以外にも幅広い被害を引き起こしかねない
ロシアが2016年の米大統領選に介入したとされる問題が世界を騒がせ続けるなか、ハッカー集団は民間だろうが国家の後ろ盾を持っていようが、今や優勢になりつつある。
英新興企業ナショナル・サイバー・マネジメント・センターの会長を務めるリチャード・ベナム教授は、こんな不吉な警告を発している。「2017年にはサイバー攻撃で大手銀行が業務停止に陥り、信用を失って取り付け騒ぎが起きるだろう」。
201611月には、ハッカー集団が英テスコ銀行の顧客9000人の口座から総額250万ポンド(約36000万円)を盗み出す事件が発生した。英金融行為監督機構(FCA)はこれを「前代未聞」の犯行と呼んだ。
車も家も常時インターネットに接続し、街にはセンサーが張り巡らされる。こうして世界がつながればつながるほど、ハッカーたちがシステムに侵入して大混乱を引き起こす狙い目も増える。
2017年の標的型サイバー攻撃には、モノのインターネット(IoT)とインダストリアルIoTIIoT)が、今まで以上に大きくかかわってくる。」情報セキュリティー大手トレンドマイクロのレイモンド・ゲネス最高技術責任者(CTO)はこう指摘する。
「こういう攻撃はネット接続デバイスが広く受け入れられるようになってきた流れに乗じ、セキュリティー上の欠陥や無防備なシステムにつけ込んで企業の業務を妨害する」と指摘し、その一例としてMirai(ミライ)」を挙げた。IoT機器を乗っ取り攻撃に悪用したマルウェアだ。
また同社の予測によると、2017年も「ランサムウェア」の技術をハッカーらに有料で貸し出す犯罪行為が横行しそうだという。ランサムウェアは、コンピューターのシステムに侵入して全てのデータを暗号化するマルウェアだ。ハッカーは暗号の解除と引き換えに「身代金」を要求する。
ハッカーが同様の目的を果たす手口としては、狙った相手のサーバーに大量のデータを送り付けるDDos(分散型サービス妨害)攻撃を仕掛け、ウェブサイトや工場の管理システムをダウンさせるという方法もある。
そしてオランダのセキュリティー大手ジェムアルトのデータ保護事業を率いるジェイソン・ハートCTOによると、盗んだデータで金もうけするだけがハッカー集団の狙いではない。
ハッカーは、データを改ざんしているのだ。これがとんでもない結果につながることもあり得る。
「怖い話だが、データ改ざん型の攻撃はひとつの会社とその関係各所を丸ごとつぶしてしまうほどの威力を持つ。偽のデータに株式市場が丸ごと侵され、崩壊することさえあり得る」と、ハート氏は指摘する。
「送電網のほか信号や給水設備などのIoTシステムも、制御の基になるデータが改ざんされれば大混乱に陥る恐れがある」
安全対策の不十分なデバイスだけではなく、人間も標的になる。だまされやすい人たちは今後も狙われ続けるだろう。「ビジネスメール詐欺」で大もうけする犯罪は今後も続くだろうと、専門家たちは予測する。
企業の従業員をだまして、犯人の銀行口座に金を振り込ませるなど、ハイテクとは程遠い手口だが、驚くほど簡単に成功するようだ。トレンドマイクロによると、米国内で昨年そうした口座に振り込まれた平均額は1件当たり14万ドル(約1620万円)に上った。
「サイバー犯罪者は人間の弱みを突いてくる」と、ベナム教授は語る。「テクノロジーには何百万ドルもかけるのに、安全意識を高める教育には予算がまったく使われない」
人工知能(AI
2016年の流行語となったAIは、2017年も善かれあしかれ、引き続き世の中を賑わすことになるだろう。
あらかじめプログラムされた指示や手順に従うだけだった機械が、自ら学習したり新しい状況に順応したり、決断を下したりできるようになる。これが実現すると、メリットと同じ数だけデメリットも生じるようだ。
悲観的な人たちは、自前プログラミングが可能になった機械が暴走して人間の手に負えなくなり、破滅的な結末を招く可能性を指摘する。
しかし楽観的な人たちは、我々が日々クラウドに保存する大量のデータについて、制約を強化し自律性を低めた機械学習(ML)を適用すれば、これまで人間には気づけなかった相関関係やパターンを特定できるのではないかと期待する。
ネットにつながったデバイスやセンサーが増えるにつれ、私たちを取り囲む世界について前よりよく分かってくる。大量のデータの意味を把握できるようになれば、それを活用して病気を治したり、気候変動に取り組んだり、食物をもっと効率的に育てたりできるようになる。私たちは全体としてはるかにスマート(賢明)で持続可能な生活を送れるようになるというのが、AI推進派の考えだ。
2016年は顧客と自動的に対話する「チャットボット」がもてはやされた。時にはAIの実用例とも称されたが、これは間違いだ。チャットボットのほとんどに大した能力はなく、ただ質問に一番合いそうな答えの当て推量しているだけだった。
本物のAIはもっと賢くてつき合いやすい。自然言語処理や神経回路網、機械学習に基づいて、人間がどのように考えたり話したり、概念を分類したりしているかを理解するからだ。
使う人が増えれば、AIが学習するデータもそれだけ増えて、性能も向上するだろう。
そのため今後はアマゾンの「アレクサ」、「グーグルアシスタント」、マイクロソフトの「コルタナ」、アップルの「シリ」、そして新たに登場した「ビブ」などのように、より賢いバーチャルアシスタントが増えていくのだろう。
企業はこういうAIアシスタントの自社版を活用し、手元にある大量のデータを解析していくことになるだろう。
米半導体大手インテル傘下でコグニティブ・コンピューティングの技術を開発するサフロン・テクノロジーのゲイル・シェパード本部長は、こう語る。「AIのおかげで私たちには意思決定支援システムを構築するチャンスが与えられた。このシステムは自ら見て聞いて理解し、私たちと力を合わせて、今よりもっと速く適切な、もっと幅広い情報に基づく決断を下せるように手助けしてくれる」。
もちろん、こうしてデバイスが常時データを集め続け、クラウドにつながっている環境では、セキュリティーの危険要因がまたひとつ増える。そもそも吸い上げられた膨大なデータがその後どうなるのかという問題をめぐり、プライバシーへの懸念が生じていることは言うまでもない。
AIでもうひとつ心配なのは、ハッカーもこの技術を使うことができるという点だ。いわば、サイバーセキュリティー軍拡競争だ。
ITコンサルティング企業のキャップジェミニ・UKでサイバーセキュリティー部門を率いるアンディ・パウエル氏は「マルウェアもAI化されるだろう。攻撃相手から得たデータを使って、人間が書く文の特徴や内容をそっくり再現した詐欺メールを送れるようになる」と予測する。
AI化した攻撃は本物にますます近付いて、受け取る側の心を従来よりもっと巧みにとらえるだろう。つまり、相手が引っ掛かってしまう確率はさらに高くなる」
2017年にサイバーセキュリティーの問題から逃れることは、もはや不可能というしかない。
拡張現実(AR)と仮想現実(VR
拡張現実(AR)あるいは複合現実(MR)がゲームの世界でいかに旋風を巻き起こすか。ポケモンGOはその威力を見せつけた。2017年には、さらに多くの企業もこの技術を導入することが予想される。
言うまでもなく、マーケティングにとって大きなチャンスだ。独自動車大手BMWはコンサルティング大手アクセンチュアと提携してグーグルのAR技術「タンゴ」を導入し、さまざまな型の車が現実の場面でどう見えるかを可視化する顧客向けアプリの開発に取り組んでいる。
小売業界ではほかにも多くの企業が、マーケティング強化にこの技術を活用するようになるだろう。
産業や教育分野でも、応用範囲はたくさんある。眼鏡型端末の「スマートグラス」や、見る人の視野に重ねて画像を映し出す「ヘッドアップディスプレイ(HUD)」を使えば、現場の作業員が指示に従ったりマニュアルを読んだり、職場で立ち回ったりする効率を上げることができる。
仮想現実(VR)はいまだに主にゲームで使われているが、ヘッドセットの軽量化、高速化とともに触覚を再現する技術が進めば、訓練や教育の場への応用も現実性を増してくるだろう。
自動化
AIがコールセンターや顧客サービスのスタッフに取って代わるようになり、製造業では引き続き自動化が進む。そこで持ち上がってくるのが、あぶれてしまった労働者にはどんな仕事があるのか、という大問題だ。
グローバル化と自動化の影響が、選挙でいかに有権者を駆り立てるか。その例はすでに米国であらわになり、今年も欧州各地で表面化する可能性がある。
英国の「ラッダイト運動」では、工場労働者が産業革命に抵抗して機械を破壊した。その現代版が起きようとしているのだろうか。というのもとどのつまり、生産コストを下げることで一番得をするのはだれかという話なので。貧困層でないことは確かだ。
「私たちはこの先、テクノロジーと労働力をめぐる厳しい現実に立ち向かうことになるだろう」
従量・継続課金(サブスクリプション)型ビジネス支援のサービスを提供する米企業ズオラの創業者、ティエン・ツォ氏はこう語る。
「新たな経済構造の中で、人の雇用をどう創出していくか。その道を見つけないとならない。実際に仕事が減るというなら、何らかの形で生活水準や最低所得を保障する制度が必要になる」

テクノロジーは人間の社会に、はっきりと目に見える影響を与える。2017年は世界がついに、この影響への対応を迫られる、そんな年にもなりそうだ。

《維新嵐》 サイバー攻撃は「安全保障」なのか?
 サイバー攻撃といっても「リアルな武力戦争」と違って多くの犠牲者、戦死者が直接でるわけではありません。しかし例えば高度な標的型メール攻撃や分散型拒否攻撃、ハッキングにおいて個人や組織の死活的に大切な「財産」を盗まれたり、破壊されたりすることにより、大変な被害を被ることはあります。それにより経営が行き詰ってしまい倒産する企業がでたり、国家経営に大きな支障がでることになれば、これは個人レベルの「犯罪」とはいえなくなります。
 例えば我が国は、朝鮮戦争以降、日本海において多くの漁師が北朝鮮の工作員に拉致されるという事案が相次いだことがあります。またおそらくこれで味をしめた北朝鮮当局によってなされたかと思われますが、本土でも多くの男女が北朝鮮の工作員に拉致され、連れ去られました。
 北朝鮮の拉致事案を「テロ」と定義づける向きが主流ですが、北朝鮮という国家の情報機関や軍部によって、国家戦略に基づいて行われたことが明らかな日本人の拉致を単にテロリストとしてしまっていいのでしょうか?
 外国の国家機関によってなされたことである以上、人の意思が介在しない形で拉致が行われた以上、これら一連の動きは、国家権力による主権侵害行為、いわゆる「侵略行為」といえるでしょう。
 拉致された方々は、本人の意図することに関わらず、ご本人がもってみえる「情報」を北朝鮮当局に提示させられることになります。つまり北朝鮮は国家戦略達成のために日本の民間人を通じて、強制的に「情報収集」していたことになります。そして得られた情報を元手にさらに日本人の拉致が行われたり、政治目的として民間航空機が爆破された事案もありました。
 また近年の北朝鮮は、一連のヒューミントによる情報戦の他に共産中国に拠点をおいて、サイバー戦部隊をたちあげ韓国に対して金融や軍のネットワークに対して攻撃を行うようになりました。
 いい加減日本人はめざめてほしいのですが、安保関連法に諸手をあげて賛成するわけではありませんが、戦争とは「実弾を伴った」「爆弾やミサイルによる」スタイルばかりではないということに気づいていただきたいのです。隣国に対して、国際社会に対して優位なポジションを担保するためには、有益な情報が不可欠ですが、この情報を手に入れるために他国の主権を犯すような戦争もあるのです。
 我が国は第二次大戦でアメリカをはじめ連合国に敗れた形になりましたが、朝鮮戦争後に北朝鮮からしかけられた「日本人拉致」という形の違う「侵略戦争」にも負け続けていたわけです。
 「侵略戦争」に対する反省をするのは、我が国より前に北朝鮮の方であり、邦人拉致問題を解決することは、我が国の国家の名誉を回復することであり、邦人拉致という侵略戦争に「勝利」することになるのです。だから北朝鮮が我が国との「拉致問題解決のための外交交渉」にのってくることはありません。日本人拉致をはじめ外国人拉致を認め、拉致被害者を返すことと謝罪することは北朝鮮の「敗北」を意味するからです。
 蓮池さん夫妻、地村さん夫妻、曽我さん夫妻を取り返したことは、「一時帰国」という条件を理由に拉致被害者を取り返した、我が国の武力によらない「外交的勝利」といえるでしょう。
 情報戦の意味付けは、世紀が変わっても変化ありません。どころかますます国家同士の腹の探り合いは、非国家組織も絡んで激しくなってきています。
 サイバー攻撃は、企業の危機管理の問題だけではなく、国家の安全保障の問題である、という意識を今日本人は共有し、個人レベルからリテラシーを高めていかないと外国の情報機関から有形無形の情報戦をしかけられ、苦労して蓄積してきたあらゆる「財産」や財産の元である「人」を失い、国家としてのあり方をなくしていくことになるでしょう。豊かな国民の知的教養から生み出される「情報資源」もまた国家存立にとっての大きな「財産」なんです。

サイバー攻撃の深層。現状に迫る ~そしてとるべきアクションは?~ 名和利男氏

広がるロシアハッキング問題の波紋、オバマがトランプに残した宿題

廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部教授)


 20161216日、日本の報道はロシアのプーチン大統領の訪日の話題で持ちきりだったが、同じ日、米国メディアはオバマ大統領が、米国大統領選挙へのサイバー攻撃による介入は、プーチンが指示したものだという見解を表明したことをこぞって報じた。だが、ロシアは根拠がないとしてそのサイバーテロによる介入の事実を否定し続けている。
プーチンの「演出」とトランプの称賛
 しかし、オバマ政権の対露姿勢は厳しく、20161229日には、ロシアの情報機関が民主党関係者の電子メールをハッキングして暴露し、選挙に介入したとして、在ワシントン・ロシア大使館とサンフランシスコ領事館の外交官35人を国外追放すると発表し、ニューヨークとメリーランドにあるロシアの保養施設も情報機関の拠点であったとして閉鎖した。
 それに対し、ロシアのラブロフ外相は、米国の制裁に相当する報復措置を取ることを提案したが、プーチンはそれを受け入れなかった。プーチン大統領はオバマの姿勢を「無責任外交」と糾弾し、ロシアはそれには付き合わないとした上で、「米外交官のすべての子供たちをクレムリンの新年とクリスマス・ツリーに招待する」と述べるなど、懐の大きさを見せつけた。ただし、ラブロフにあえて報復を提案させ、その提案を断わり、報復はしないという懐の大きい決断を示した流れは、プーチンの「演出」だったという見方が強い。
 これに対し、予てからロシアの選挙への介入を否定する見方を表明してきた米国のトランプ次期大統領は、報復をしなかったプーチンを称賛した。次期大統領が現職大統領の決断・行動を事実上否定し、ロシアの大統領を称賛するというのは米国の政治史において極めて異例だと言える。
トランプ氏就任後の米ロ関係はどうなるのか(写真はモンテネグロの看板。ロイター/アフロ)

米情報機関はオバマを援護するも、選挙への影響は否定
 他方、米国の情報機関はオバマの主張を援護している。年明けの201716日に、クラッパー米国家情報長官は報告書を公開し、プーチン大統領は米国の民主的なプロセスに対する有権者の信頼を損ない、クリントン候補を中傷して大統領になる可能性を損ね、トランプ氏の当選に有利にことが運ぶことを目的として、米大統領選に影響を与える作戦を命じていたと結論づけたのだ。そして、この分析に対し、米国の中央情報局(CIA)および連邦捜査局(FBIが高い確信をもって、また国家安全保障局(NSA)は適度な確信をもって同意しており、米国の三情報機関が全てロシアの介入に同意したことになる。
 その一方で、同報告書は、その根拠となる証拠を明示しておらず、またロシアの介入は単にサイバー攻撃にとどまらず、国営メディアなども動員したクリントンを中傷する多面的なプロパガンダを駆使し、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)がサイバー攻撃で入手した情報を、内部告発サイト「ウィキリークス」に渡して世界に拡散させたとしながらも、それがどれくらいの影響を与えたかについても言及を避け、最終的には「ロシアによる攻撃は米国大統領選挙の開票と集計そのものには影響を及ぼしていない」と結論づけている 。つまり、報告書はロシアによって様々な妨害行為がなされたけれども、選挙への影響はなかったと述べているわけである。
 また同報告書の公開に先立つ201715日、米国では、複数のロシア政府高官が、トランプ氏の当選を喜んでいたことを米国による通信傍受が掴んでいたことも報じられた。その通信傍受によって、サイバー攻撃による選挙への干渉を認識していたロシア政府高官の存在も明らかになっていたという。だが、そのことも、ロシアがトランプ政権の誕生を喜んでいたことはわかっても、ロシアが選挙に干渉した証拠にはならないとも見られている。
 これらのことはトランプにとっては追い風となった。201716日にトランプは、クラッパー国家情報長官とも直接面接し、報告書のみならず機密情報も含む詳しい説明を受けたが、その後も、ロシアとの良好な関係を否定するのは愚か者だとして、ロシアの関与を否定し続けている。
対露強硬派を米国家情報長官に任命
 だが、昨年末からのオバマ政権の一連の対露政策は、トランプに大きな宿題を残したと言える。トランプは予てより、ロシアとの関係改善を訴えてきたが、その出鼻をくじかれた形となるからだ。トランプは、就任直後に明確な理由もなく制裁を解除すれば、ロシアによる妨害行為を容認したとして、批判を受けるはずだ。かといって、ロシアとの厳しい関係を維持することはトランプの外交政策の方針に反する。つまり、これら一連の動きは、オバマがトランプに突きつけた踏み絵とも言えそうだ。

 だが、ロシアの介入を否定しているトランプも、一定の厳しい姿勢をもって本問題に向き合っているとも言える。トランプは201716日、前述の報告書を受けて、サイバー攻撃に対抗するための特命チームを発足させると発表した。特命チームの任命は、米露接近への批判を和らげるための隠蓑だという評価もあるが、2017120日の自身の新政権発足から90日以内に、特命チームに対して「米国の安全を守るための方法、道具、戦術」を提案させると述べた。
 また、トランプは、米国家情報長官にダン・コーツを任命した。コーツは、インディアナ州選出の上院議員だったが、駐ドイツ大使や上院情報特別委員会の委員を務めるなどの経歴を持っており、本職には適任だとみなされている一方、2014年のロシアによるクリミア併合を受けて米国が課した制裁に対する報復措置としてロシアがブラックリストに載せた米議員6人と米政権幹部3人のうちの1人でもあって、かねてよりロシアに対する厳しい制裁を主張してきた。今後、トランプが国家情報長官の権限を縮小する可能性もささやかれてはいるものの(実際、米国の『ウォールストリート・ジャーナル』紙は、トランプが国家情報長官室の再編と規模縮小を検討中だと報じている)、対露強硬派をこのようなセンシティブな問題の責任者に据えたということには一定の意味がありそうだ。
ソ連時代から続く様々な工作
 このように、ロシアのサイバー攻撃が米国大統領選挙に影響を及ぼしたかどうかについては、明確な答えが出ていないのが実情だ。しかし、ロシアが様々な形で情報戦を駆使してきたのは間違いない。ロシアが米国選挙に際して情報によって影響を与えようとするのは、ソ連時代から続いてきたことであり、決して新しいことではない。ソ連時代から、スパイ、エージェント、報道機関、プロパガンダなどを用いて、様々な工作をしてきた。
 そして、そのような工作が行われたのは米国に対してだけではない。大きな影響が出たものとして、2007年のエストニアに対するサイバー攻撃、2008年のロシア・ジョージア戦争時のジョージアに対するサイバー攻撃、2016年のウクライナの送電線に対するサイバー攻撃など、いわゆる反ロシア的な勢力に対し、様々な形でサイバー攻撃を仕掛け、実際に大きな影響を与えてきた。
 特に、2011年に制定された14ページからなる「情報空間におけるロシア軍の活動に関するコンセプト」が制定され、公にされてからは、ロシアが軍事政策の一部としてサイバー戦を重視していることが明確になった。さらに、2012年には、ロシア軍の指揮完成システムと軍事ネットワークを防衛するために「サイバーコマンド」を新設することも表明している 。このようにサイバー戦は、ロシアの軍事戦略の中の重要な一極を占めているのである。

ウクライナ危機でも「活躍」した「トロール部隊」
 そして、ロシアのサイバー戦はハッキングなどにとどまらず、多様である。その筆頭にあげられるのがデマを拡散する「トロール部隊」である。ロシアのプロパガンダ戦はRT(旧称:ロシア・トゥデイ)」Sputnik(スプートニク)(日本語版もある)に代表される政府主導の対外多言語メディアによる宣伝活動にとどまらず、インターネット上の情報操作などによっても進められてきた。
 対外多言語メディアの活動はかなり巧妙で、たとえばRTなどは米国メディアを装って虚偽の報道まで行うなど、効果的にプロパガンダを拡散させているという。米国大統領選挙戦の最中に、クリントン候補が慈善事業の名目で集めた資金を100%私的に流用したという報道が流れたが、それを動画で配信したのもRTだとされる。
 また、インターネット上の情報操作は、ロシア政府は否定しているものの、専門の職員が雇われて、365日・24時間体制でなされているようだ。職員は、毎日、担当するテーマを与えられ、3040の架空の人物になってIDを使い分けながら、ブログやツイッターで情報を拡散したり、SNSにも虚偽情報を大量に書き込んだりしているという。コメントの投稿のノルマも1200コメント以上だという話もあるし、注意を引くために効果的な動画や画像を作成する部隊もあると聞く。これらの部隊は、政府の直轄で動いていると言われている。このような情報作戦の拠点として明らかになっているのがサンクトペテルブルクであるが、他にもあるのではないかという説が濃厚だ。
 このようなトロール部隊は、特にウクライナ危機の時に顕著な仕事をしたという。有事の際には、特にトロール部隊が増強されているようである。ウクライナ危機で有名になったロシアの「ハイブリッド戦争」、つまり、伝統的な軍事力の行使に併せ、サイバー攻撃、世論操作、工作員の隠密行動、政治要員の送り込みなどの非軍事手段を効果的に用いる21世紀型の戦争において情報戦が果たしている役割は極めて大きい。
世界中で行われているサイバー攻撃への対策を
 このように、ロシアのハッカー攻撃や情報戦略はロシア政府が重視している戦略であり、実際に大きな影響を持ってきた。米国大統領選挙にも多少の影響があったことは間違いなさそうだ。だが、米国国家情報長官の報告書がいみじくも結論づけているように、ロシアの情報戦が米国の選挙に決定的な影響を持ったとはいえないのが実情だ。だが、その事実がむしろ、米国の国内政治にも利用されている。そうなると、オバマ政権も実際にロシアの情報戦の意味をどの程度に捉えているのか、外からは把握しづらい。
 それに、サイバー攻撃を行ってきたのはロシアだけではない。中国も多数のサイバー攻撃を行ってきたし、今回ロシアを批判している米国もイランなどにサイバー攻撃を行ってきた。そうなると、サイバー攻撃というものが、対外的な影響を与えうるという事実に、全世界が脅かされているという現実を直視し、共同の対策を構築する努力をするほうがむしろ賢明ではなかろうか。

《維新嵐》 有益な「情報資源」を保持する国には、「実弾を伴う破壊戦争」はない。
 米オバマ政権とロシアプーチン政権とのサイバー攻撃をめぐる一連の応酬については、SIGINTによる情報戦争を秘匿したいロシアと外国からの情報戦争を「暴露」することにより、探知、解析能力を誇示して情報戦争への「抑止力」としたいアメリカオバマ政権の外交的戦術がみえるように感じます。
世界情勢は、地下資源や食糧をめぐる戦い、駆け引き、核兵器や優れた通常兵器による対立や紛争は目に付きやすいところですが、これら経済や軍事において他国よりも優位にたとうとするためには、対象となる国家の「情報」をいかに効果的かつ網羅的に収集し、解析することが重要不可欠であるか、多くの方々は気づきにくい点だということがいえます。国家の政治戦略を外交的手段において、或いは軍事的手段において実現していくためには、まずは「情報による戦略」を制しなくてはならないのです。
そして自国にとって「有益な」情報をもつ国家に対しては、実弾を伴う破壊戦争などおこしません。これは世界を見渡してみても実弾を伴う戦争をしている国は発展途上国ばかりである現実をみれば理解できます。
いわば知識、技術、システムといった「情報」という「資源」を多く保持する国家ほどリアルな戦争はおこらず、他国の情報資源を「活用」する能力を磨いていくことが情報収集、解析能力をあげることであり、対象が主権国家である以上、その戦略目的や手法は「極秘」にされなくては外交的、軍事的な摩擦を生じかねないものであるということがいえます。
ですからロシアは、まちがってもサイバー攻撃というSIGINT(信号情報)による情報収集の実態について明らかにはしません。一方アメリカは今後の対露関係を有利に導くためにロシアの情報戦略について実態を「暴露」しようという姿勢がみえます。
正直アメリカの情報機関がどの程度サイバー攻撃の「攻撃元」を探知、特定できるのかわかりませんが、ほぼどこの国からのハッキングであり、標的型の攻撃なのかについては特定できる能力は存在するのではないか、と考えられます。
国際的な主導権を掌握し、外交を有利に進めるため、国家戦略を達成するためにこうしたお互いの腹を探り合うような熾烈な「情報戦争」は高度化していくことでしょう。まさに「先進国の戦争スタイル」といえますね。

サイバー攻撃の深層。現状に迫る ~そしてとるべきアクションは?~ 鵜飼祐司氏



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