2017年5月17日水曜日

国防戦争再考論 ~多様な戦争のあり方を学びましょう!~

目前に迫った北朝鮮有事に不可欠な対応策
専守防衛と抑止力の矛盾を解消するための法整備を急げ

横地 光明
Mitsuaki Yokochi・昭和21927)年栃木県生。陸軍士官学校第60期。・埼玉県立高等学校教諭を経て昭和271952)年警察予備隊入隊・学校教官、陸上幕僚監部幕僚(編成班長等)、連隊長、方面総監部幕僚副長、陸幕装備部長、第3師団長、富士学校長、東北方面総監歴任・昭和601985)年退官、世界戦略フォーラム副理事長、全国防衛協会常任理事、旭化成()顧問・東京理科大学、防衛研究所、米国陸軍歩兵学校・同参謀大学卒・主著:「青年士官の夢と希望」、「あなたと街を守るために(共著)
北朝鮮・平壌で行われた軍事パレードの最中、人民大学習堂のバルコニーから手を振る金正恩氏(2017415日撮影)〔AFPBB News

 最近の頻繁な核実験やミサイル試射によって、北朝鮮の核ミサイルが、世界とりわけ日米韓の安全保障上の緊急課題になってきた。
 北朝鮮が既に大量に保有する「ノドン」「テポドン1」「ムスダン」「フロッグ」ミサイルによって日本は実質的に人質状態下にあると言っていい。
 安倍晋三首相は「北の核ミサイルの脅威は新たな段階には入った」とし、また化学兵器の脅威(保有量世界第3位)を指摘している。これを受けて与党自民党は対策検討に入り、その安全保障調査会は早急な敵基地攻撃手段の整備を提案した。
 米国もまもなく米本土への核ミサイルの直接的脅威の現実化に直面し真剣な対応を迫られることは間違いない。
歴代大統領が失敗してきた北朝鮮政策
ビル・クリントン政権の武力行使断念、ジョージ・W・ブッシュ政権の6カ国協議、バラク・オバマ政権の戦略的忍耐の失敗、またジミー・カーター元大統領と金日成主席間の核開発凍結合意も時間稼ぎに過ぎなかった現実に鑑み、ドナルド・トランプ大統領は実力行使もやむなしの姿勢で臨んでいる。
 話し合い解決を基軸としながらも多大の損害不可避の危険を伴う武力の使用(斬首作戦を含む)もその選択肢から排除いしないことを明らかにし、中国に働きかけ、またアフガニスタンでの大貫徹爆弾投下や原子力空母群の運用やB2のグアム待機で北朝鮮を牽制している。
 これに対し北朝鮮は、戦略的自由度を持つロシアの支援を得てか、核戦争には核攻撃で、全面戦争には全面戦争で対抗すると強硬声明を出し、危機は増すばかりだ。
 我が国政府の敵基地攻撃の基本的論理は遠く(昭和32年)鳩山一郎政権時代から「座して死を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」とし、他に方法がない場合は敵基地(ミサイル基地など)の攻撃も許されるとの立場で一貫している。
 しかし敵基地(ミサイルなど)の態様は著しく変化しており、当時のような認識では対応し得ないばかりか、現実には自衛隊はほとんど何の対抗手段も持ち合わせていないのが実情である。
 これら北の核ミサイル防衛に関する国内各界の主張は多様だが、左派のみならず善意の中立的立場の政治家、学者、マスコミや国際安全保障の現実を深く配慮しない進歩的文化人は、敵基地攻撃は全面戦争を誘発する恐れが強く、日本国民のみならず、周辺諸国に致命的で悲惨な災禍をもたらすため決して選択してはならないと主張する。
北朝鮮の核ミサイルは堅固な洞窟や地下に隠匿され、装軌車でどこにでも移動できるし、k至短時間(固形燃料で準備所要時間10分程度)に発射可能で、これを発見し発射前に攻撃破壊することは、米国のような衛星を含む偵察警戒監視システムと各種の攻撃手段を整備していてもほとんど不可能である。
 またイージス艦搭載ミサイル(SM-3)、THAADミサイル(Terminal High Altitude Area Defense=終末高高度防衛ミサイル)、GBIGround Based Interceptor)ミサイル、 PAC(パトリオット)ミサイルをいくら整備しても、10分内外の交戦可能時間でしかもその飽和攻撃に有効に対抗できない。
 また北朝鮮が実験に成功したとされるSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)への対処は至難である。
専守防衛と抑止戦略の矛盾
こうした状況から、北朝鮮の脅威に対しては話し合いにしか道はないとする意見が支配的である。
 一方、最近の発展目覚ましいサイバー手段によれば軽負担で随時迅速に核ミサイル攻撃部隊の指揮統制情報システムやこれを指導する国家軍事組織の指令系統を麻痺し機能を喪失させることができ、彼我の人的物的被害を極小にとどめ得る最良な手段だと主張する人もいる。
 これに対しても、目に見える致命的報復能力の保有こそが彼らの意図を最も確実に抑止できるとし、その最たるものには核武装によって対抗するべきとする核武装論まであり、その意見集約は難しい。
 加えて政府は従来から憲法上、自衛権の発動条件を厳しく縛り、防衛政策の基本に国際的非常識な専守防衛を掲げてきたから、それとの整合を図らなければならない。本来専守防衛と抑止戦略の両者は矛盾的概念である。抑止をよく図ろうとすれば専守防衛がこれを妨げ、専守防衛を貫こうとすれば抑止が機能しない。このためこの両防衛基本方針の矛盾を決着しない限り、国防上最も難しい対核ミサイル防衛の方策を確立することはできない。これに関する筆者の意見はこうだ。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49958?page=3
1に話し合い解決論は、できれば最良であり最大限の努力が必要であるが、それが成立する保証はほとんどない。
 なぜなら、北朝鮮の指導者は米本国を攻撃できる核ミサイルを保有して相互抑止を成立させ対米対等の地位を築くことこそが唯一体制維持できる手段と信じているからだ。そのためにはあらゆることを犠牲にし国際法を犯すことも厭わない。
 これは国連安保理が核ミサイル開発中止放棄を何回決議し、経済制裁を加えても屈せず、中国が議長国の6カ国協議は何回会議を重ねても実効を上げられないのを見れば明らかだ。
 しかもその中国は、北朝鮮の存続を自国の国家安全保障上の核心的国益(緩衝地帯確保など)と考え、北の暴発は許さないが破滅だけは絶対に回避しようとしている。
平和的解決を訴える中国の本音
トランプ大統領の何を決断するか分からない手法を懸念し、表向きには米国との同調のポーズを示している。
 しかし、過日の米中直接・電話首脳会談で、トランプ米大統領が「中国が有効な対北手段を講じなければ米国は独自な行動をとる」と迫ったのに対し、習近平主席は都合悪い懸案では臆面もなく「国際関係を緊張させるより話し合いによる平和的解決が重要だ」と応じている。
 南・東シナ海事案などでは国際法を無視し話し合いを拒否し力で露骨に行動している中国が、このように平和的解決を持ち出すあたり、裏でどんな巧妙な手段を講じているか分からないものがある。
2にサイバー攻撃は有効な手段だが。成果の確証がない。
 一方、核武装論はトランプ大統領も言及し、政府も憲法上それを一切認めないわけではないとされるから理論上は成立しよう。
 さらに沖縄返還時の有事持込みの佐藤(栄作元首相)密約もあるし、米国はあらゆる手段で日本を防衛するとしているので、核をめぐる論議は真剣な考慮の対象にはなり得るではあろう。しかし現実的とは言えず、また早急には実現できない。
従来米国は旧ソ連との間に各相互抑止が効いていることを前提に日本に拡大抑止を提供し、日本防衛の槍の機能を担ってきた。
 しかし相互抑止が働かず、しかも米国本土に致命的損害を招く恐れのある今後の対北朝鮮事態においては、日本防衛が米国の国益と考えられる条件がなければならない。
 だとすれば、我々は観念的でなく現実的防衛政策の選択が必要である。
 あの中国が米国の対北朝鮮政策や、シリアへの巡航ミサイル攻撃に態度一変を余儀なくされたのは、トランプ政権が強い軍事行動を選択するかもしれないという予測不可能な戦略採用にある。
専守防衛では核攻撃のリスクを高める
日本が文字通りに専守防衛で、打たれてからから防衛に立ち上がる硬直した防衛方針に固執すれば、北朝鮮はリスクを冒すことなく先制第1撃で日本の防衛態勢を破砕する目的を達成できる可能性を彼らに与えてしまう。核ミサイル攻撃の公算が高まるのだ。
 また米国に全面的にこれを依存すれば、日本の決意が示されないし、米国の判断によって信頼性が乏しくなるから、可能な限りの日本自体の攻撃手段の保有が不可欠となる。
 これに対し我が国が強力な報復手段を保有し、急迫不正の侵害が明白に予知される場合には、これを排除しあるいは相手に効果対損害からの侵害の不合理性を認識させ得る政策を採用すれば抑止できる可能性が生まれる。
 そのうえで日米両国がいかなる場合にあっても不離一体の共同行動が保証される関係樹立が必要である。
 日本のみならず現今の世界各国の防衛政策の基本原則は抑止戦略である。従って抑止機能に矛盾する専守防衛方針は早急に廃棄されなければならない。
 国防論や国防政策は国際間で機能するもので、国際条約のもとでは国際関係にあって機能するものでなければならない。内向きばかりで国際情勢の変化を顧みない国際的非常識防衛政策は早急に排除しなければならない。
 我が国は、敵基地のみならず窮迫不正の発生時にはこれを排除できる攻撃力を整備し積極的に抑止して北朝鮮の体制変換を待ち、たとえ万が一、米国が軍事制裁に及んでも北朝鮮の我が国への攻撃拡大を阻止できる態勢を整えることが緊要不可欠である。

《維新嵐》「専守防衛」は、いわゆる政治用語にすぎません。憲法の精神を活かすも殺すも国民の解釈と憲法の運用を行う政府の解釈によるといえるでしょう。国の最高法規たる憲法の解釈が学者の数だけ存在することは致し方ありません。憲法の解釈とはそういうものです。だからこそ運用者として政府の憲法解釈の的確さが求められてくるのです。安全保障でいえば、戦後の政府の見解「我が国は集団的自衛権は保持はするが、行使はできない。」は内閣法制局の官僚による「事なかれ主義による解釈」の代名詞といえます。我が国に戦後アメリカ軍が駐留し、対外戦争において重要な機能をはたす、ことはそれ自体が集団的自衛権の行使にあたります。この事実を認めてこなかった内閣法制局の歴代の解釈は我が国の安全保障政策をゆがめてきた元凶です。これは憲法解釈を「まともに」することで是正できるでしょう。憲法9条に改正ははたして必要なのでしょうか?

吉田松陰に学ぶ平成国防論
倉山満氏

戦争は向こうからやって来る
日本学術会議の「軍事研究しない」は独善の利己
森 清勇
星槎大学非常勤講師
防衛大学校卒(6期、陸上)、京都大学大学院修士課程修了(核融合専攻)、米陸軍武器学校上級課程留学、陸幕調査部調査3班長、方面武器隊長(東北方面隊)、北海道地区補給処副処長、平成6年陸将補で退官。
その後、(株)日本製鋼所顧問で10年間勤務、現在・星槎大学非常勤講師。
また、平成222010)年3月までの5年間にわたり、全国防衛協会連合会事務局で機関紙「防衛協会会報」を編集(『会報紹介』中の「ニュースの目」「この人に聞く」「内外の動き」「図書紹介」など執筆)
著書:『
外務省の大罪』(単著)、『「国を守る」とはどういうことか』(共著)

 日本は北朝鮮がノドンやムスダンなどを展開した前世紀末から射程内に入っている。核の小型化こそ未完であったが、核と同様に大量破壊兵器に分類される生物兵器や化学兵器も大量に装備しているとみなされてきた。
 しかし、日本自身が安全保障の観点から問題視することはなかった。改めて気づかされることは、日本は自国の安全に無頓着で、何らの対策もしてこなかったということではなかろうか。
 一昨年の安保法案審議でも見たように、実質的、かつ具体的な議論は一切避けて、憲法論議に終始した。今回明らかになったような脅威が一切議論に上らないため、いつの間には「日本が危機に直面することはないかのような」錯覚に捉われてきた。
 実は北朝鮮以上に潜在的な脅威が中国であることは先にJBpress拙論「『国の守り』を放棄する学術会議でいいのか」で述べた通りである。
 ともあれ、日本では隣国の脅威などを議論するのをタブー視して、ただ米国の抑止力をあてにするだけである。
 普通の国家であるならば、普段から英知を集めて非常時に備えた準備をするのが当然であるが、日本ではそうした意識が欠落している。その最たるものは日本学術会議が「軍事目的の科学研究を行わない」と決めたことであろう。
 安全保障は何を差し置いても優先されるべきことであり、科学研究の総力結集が欠かせないからである。
現代戦の様相
言霊信仰の強い日本では、「戦争」という言葉は忌避される傾向にある。特に戦後生まれの日本人は軍事に関する認識をほとんど持ち合わせていない。
 そこで、実戦場裏としてはベトナム戦争映画の「プラトゥーン」か、仮想空間で得体の知れない何かが作用して通信遮断などによる混乱をもたらす状況などではなかろうか。
 かくて、戦争は戦場にある将兵たちの戦い、あるいは関係する少人数の領域のことくらいの認識である。従って、軍人をはじめとした特定の人に任せておけばよいというものである。
 しかもその様相は、爆撃機が侵入してくる敵軍に対して爆弾を投下して阻止・減殺する。その後、当方は侵攻してきた残余の敵に対して、戦車や大砲などの火力支援を受けた歩兵が相手の陣営に突入するという第2次世界大戦からベトナム戦争までくらいのパターンである。
 しかし湾岸戦争では、偵察衛星と巡航ミサイルの組み合わせによって、敵に発見されずに従来は考えられなかった遠隔地の主要人物や施設などをピン・ポイントに攻撃できるまでになり、当方が被害を受けることなく破壊率を著しく高めることができた。
これはエレクトロニクスの活用によるIT技術の急速な進歩で、軍事革命(RMARevolution in Military Affairs)が主張され、軍の改革で兵器・装備と共に指揮統制システムが一新されたからである。
 緊急な対応が必要な場合には、第一線部隊である歩兵中隊が、直上の大隊、連隊、旅団等の指揮を受けることなく、師団長から直接指揮される状況さえ生起する。これは、第一線部隊の状況やそれを指揮するに必要な情報が上級レベルでも共有され同時並行的に処理できる情報処理システムなどが開発されたからである
 こうした先進技術を駆使して編み出されたのがエアー・ランド・バトルと称された「空地戦」構想であった。地上部隊がエレクトロニクス化され、指揮通信衛星などを介して空軍部隊や陸軍航空部隊と連携しながら作戦戦闘を遂行できるまでになってきたのであった。
 電子化された基本部隊は「デジタル師団」とも呼称された。通信システムだけでなく、指揮・統制、情報処理などにおいても、デジタル処理で同時多目的対処ができる師団に改編されてきた。
 しかし、科学技術の進歩は著しく、デジタル師団も「今は昔」というほど激変し、無人偵察機や偵察衛星などによって得た情報が宇宙通信衛星を経由してリアルタイムで取り入れることが可能となり、一段とエレクトロニクス化が進捗している。
 そのために、作戦場面も陸に侵入される以前の海空領域で接近を阻止する「接近阻止・領域拒否」A2/AD(Anti-access/area-denial)戦略で、いわゆるエアー・シー・バトルと称されるものである。
戦争は向こうからやって来る
日本は北朝鮮の被害国である。うら若い無辜の日本人数百人が北朝鮮首領の命令を受けた工作員によって、日本の領土で拉致され連れ去られた。不法に拉致された被害者を取り戻すために、何度も外交交渉を行い、飴と鞭で対処してきたがいまだに解決に至っていない。
 そうした中で、北朝鮮は6か国協議に見せかけた時間稼ぎで関係諸国を翻弄し続けてきた。また、核の小型化とICBM(大陸間弾道弾)の開発を急ぎ、米国を射程に収める核ミサイルの装備で、米国の核抑止力に風穴を開けようとしてきた。
 米国を攻撃目標に設定できることで、日米同盟が機能しなくなり、日本を孤立化させることができるとみているのだ。
 また、中国は経済発展に伴って軍事力が増大した1990年代以降、領海法を施行して日本の領有である尖閣諸島を自国領に組み込んでしまった。
 また、東シナ海の日中中間線周辺に位置するガス田については、日中両国で話し合うことになっていた合意を勝手に反古にし、試掘を継続している。
 日本は憲法前文にあるように、「国際社会における公正と信義を信頼」して、平和を愛する国家として軍隊を放棄し、また「国際条約など」誠実に順守してきた。
 それにもかかわらず、上記のように北朝鮮は日本人を拉致し、日本を射程に収める弾道ミサイルを開発装備してきたし、中国は日本領の尖閣諸島を力にものを言わせてかすめ取ろうとしている。
 日本が北朝鮮や中国にどんな悪事を働いたというのだろうか。北朝鮮では1995年夏の大洪水で穀物生産が約800万トンから400万トンへ半減する危機的状況に陥った。日本は世界食糧計画(WFP)などの要請に基づき、人道的観点から50万トンの米の食糧援助を決定した。
 また、中国に対しては有償無償併せて総額7兆円弱のODA(政府開発援助)支援を行ってきた。今日における中国の発展の基底には、日本の支援によるインフラ整備が大いに寄与しているとされる。
 このように、日本は北朝鮮と中国に多大の貢献をしてきた。しかし、両国は共産主義体制と独裁で国内に不満が山積しており、その空気抜きに外に敵を見つけてナショナリズムを高揚する政策をとっている。敵に見立てられているのは、ほかならぬ日本である。
 日本は軍隊を持たず、交戦権も認めていないので戦争を仕かける意志も能力もない。辛うじて警察官の職務を準用して、専守防衛に任ずる自衛隊が存在するだけである。普段は大規模災害発生時に知事などの要請に基づき人命救助や被災地の復旧・復興の任を帯びて派遣される。
PKOなどで海外に派遣された部隊も道路・橋梁の復旧や医療・給水支援などがほとんどであり、日本や自衛隊が戦争を仕掛けるなどは思いもよらない。しかし、北朝鮮のように向こうからやって来る脅威には敢然と対処し、領土と国民を守らなければならない。
学術会議の会員に防衛意志はないのか
ざっくり言えば、北朝鮮の脅威が明らかになる以前の1990年代後半に中国が沿岸に配備したCSS-6(東風15DF-15)が日本を射程内に入れた時から20余年間、日本は自国への危機として真剣に向き合うことなく過ごしてきた。先の安保法案審議はまたとない機会であったが、例によって神学論争に明け暮れた。
 この時点でも野党はノイジー・マイノリティを煽動して、「戦争法案」だと強弁して「日本の安全」のための具体的な論議をしようなどとは考えもしなかったようである。
 米国の問題視に連動して、いまようやく「ミサイルが飛んできたら」「核爆発が起きたら」という議論になりつつある。それでもいまだに「たら・れば」の仮定でしかなく、「脅威の襲来」という現実認識に至ろうとしない。
 多くの日本人が誤解のうえで親近感を抱いているスイスは、ソ連が人間衛星ガガーリンを打ち上げたことで、核戦争もあり得ると予測し、核シェルターや対処訓練を地方自治体に義務づけた。各家庭には核戦争が起きた時の対処行動のための分厚い手引書を配布した。
 政府主導ではあるが、どれもこれも脅威の認識と対処の必要性を国民が容易に認識できたから進められた政策である。これは「中立の維持」と「自分の国は自分たちで守る」という固い決意に根づく国民皆兵が根底にあることと大いに関係している。
 国防は他人事ではなく自分事であり、国家の総力を挙げて対処すべきことであるが、日本人にはこの意識が完全に欠落している。
先に開かれた日本学術会議の総会では、軍事研究に関して「安全保障や平和と学術との関係など、より広く継続的な議論が必要」「軍事や国防とどう向き合うかといったテーマは(人文系・工学系など)色々な分野の専門家が垣根を越えて議論するべきもの」(「朝日新聞」2017415日朝刊)という指摘が相次いだとされる。
 こうした慎重な対応を求める声があったにもかかわらず、それを無視する形で、総会に先立つ数週間前に開かれた幹事会が決めた「軍事目的の科学研究を行わない」とした声明を追認したのである。
 軍事研究に関係しなければ平和が留保され、静謐な研究環境が保証されるというものではない。スイスに見るように、むしろ、外部からの脅威は自力で払いのける努力をしなければ、安全な研究環境はおろか、言論の自由や集会(学者の場合は研究発表の場としての学界であろう)の自由までも奪われよう。
 それどころか、独裁者の邪魔になるエリートたちはソ連時代のサハロフ博士などのように監房に閉じ込められ、あるいは文化大革命の中国のように農村に下放され、酷使されるのが落ちではなかろうか。
先進科学研究が日本人を救う
1)過去の事例から
1995年に起きた地下鉄サリン事件が残した教訓は大きい。当方が攻撃兵器として使用する意志がなくても、他方に攻撃意志が存在する限り使用の可能性があり、その場合の防護法は確立しておく必要がある。
 当時は既に化学兵器の存在が確認されていたが、自衛隊が防護のための研究を主張しても国会では、「けしからん」という声があり、特に野党からの批判が激しかった。
 しかし、思いもしないことに、オウム真理教が朝の通勤時間帯を狙って地下鉄でサリンを散布し、大変な騒動になった。そこで、防護法を研究していた自衛隊に災害派遣が命じられた。
 死者13人、負傷者6300人余に及んだが、野党の主張どうりに防護の研究もやっていなかったならば適切な処置ができず、被害は10倍、100倍になっていたかもしれない。
 最近の事例でも、金正男氏殺害にはVXが使用されたし、シリアでは化学兵器自体が使用され多数の死傷者が出た。ちなみにシリアは化学兵器を1300トン保有するとされるが、北朝鮮は25005000トンを保有しているとみられている。
2011年の東日本大震災に伴って発生した福島第2原発事故も大きな教訓を残した。特にメルトダウンしているとみられた原子炉の過熱を防止し、放射能の散逸を少なくすることが必要であった。
 しかし、核という言葉が出るだけで日本人にはアレルギーにも似た体質がしみ込んでおり、核兵器対処はいうに及ばず平和利用の原子力についても安全神話で囲い込まれ、対処についてはほとんど研究が行われていなかった。
 この2つの事例からも分かるように、大量破壊兵器と総称される核・生物・化学(ABC)兵器が存在する限り、その防護法についての研究は必要不可欠である。
2)近未来の戦争様相
 大量破壊兵器は保有の誇示で抑止効果を発揮できる。従って、国際社会の監視を潜り抜けて保有に邁進する国家やテロ組織などが出てきても不思議ではない。今日では製造などに関する情報も出回っており、研究開発の費用を投じないでも比較的容易に手に入れることができる。
 国際社会では核兵器や生物・化学兵器についての取り決めや査察制度はあるが、十分に機能していないため、いろいろな問題が出てきている。
 また、今日ではコンピューターなしの社会は考えられない。軍隊においてもあらゆる部隊などに導入されている。従って、従来は第一線の兵士の損耗で勝敗がおおむね決したが、近未来の様相は全く異なる。
 政治中枢と部隊の指揮中枢の通信システムや師団長の指揮統制システムを破壊や混乱させることで、シビリアン・コントロールが機能しなくなり、あるいは部隊の戦力発揮が阻害される。
 情報収集には衛星や無人機などが多用されるが、収集システムや伝送システムなどを混乱させるだけで、軍隊が無用の長物にならないとも限らない。
 強力な電磁パルスを発射して内装しているコンピューターを機能不全に陥れ、また情報伝搬の電波より強力な電波を発信して情報伝送を混乱させる電子戦などは一層拡大の方向にある。
 さらには相手の情報を盗み取り、当方に有利なように操作・改変まで行うサイバー戦などは隆盛の一途であろう。
独創的兵器・装備の必要性
電子化された部隊は、コンパクトで機動性に富むなど優れた点が多い。しかし、逆に電子戦に脆弱であり、またコンピューターに内包された情報はハッキングされ、カウンター・インテリジェンスとして利用されやすい。
 セキュリティには最先端の理論と技術が必要なことは言うまでもない。それに関わる基礎研究、さらに応用研究、そして技術開発などは最高学府や研究所などに依存せざるを得ない。
 また、CIA(米中央情報局)の盗聴がエドワード・スノーデン氏によって明かされ、中国開発の格安スマホ用ファームウェアには利用者の個人情報を収集する機能が組み込まれているなど、エレクトロニクス化は情報収集にも巧妙に利用される。
 しかし、日本は自由民主主義という国家体制上からこうした盗聴システムなどに関心はないし、サイバー攻撃能力も持ち合わせていない。このことは、サイバー防衛能力も保有していないに等しいということでもある。
防衛能力は攻撃能力と表裏一体の関係にあり、サイバー防衛試験などのためには擬似的な攻撃装置がなければならない。
 先の米国大統領選ではトランプ候補を勝利させるためにロシアがサイバー攻撃を行ったと報道されてきたし、それ以前から、中国は米欧日などの最新兵器情報をハッキングし、新兵器の迅速な開発・装備化に役立ててきたことが分かっている。
 日本でもサイバー・セキュリティを任務とする部隊が新たに創設される状況にあるが、自民党の安全保障調査会(会長・今津寛衆院議員)は、ようやくサイバー・セキュリティ小委員会を新設し、自衛隊による敵基地攻撃の一環としてのサイバー攻撃能力の保有に向けた検討を始めるよう提言をまとめた段階である(「産経新聞」平成29421日)。
 これも、北朝鮮の脅威が顕在化したからで、概略の構想は、北朝鮮が日本向けに弾道ミサイルを発射した場合、まず「SM-3」(イージス艦搭載)と「PAC-3」(ペトリオット装着)によるミサイル防衛(MD)システムでしのぎ、敵基地攻撃手段としての戦闘機や巡航ミサイルなどと連動する形で相手のネットワークにサイバー攻撃を仕かけて第2撃以降の発射を阻止するという、極めて受動的なものである。
おわりに
北朝鮮は4発のミサイルを同時発射し、3発は日本のEEZ内で約50キロの範囲内に着弾した。「在日米軍基地の攻撃を担う部隊」が発射訓練をしたことを明らかにした。最近の緊張状態の中で発表する北朝鮮の声明には、韓国を火の海にし、日本を沈没させるというセリフもある。
 日本から攻撃を仕かけなくても、時と場合によっては相手国から侵略してくることが予測される。自衛隊はこのように侵略してくる軍隊、その国家に対する抑止力として防衛力を構築している。日本から進んで他国を侵略する意志などないことを国会答弁で、また自衛隊の編制や装備の面から見ても確認できる。
 すなわち「専守防衛」が日本の防衛政策の柱の1つでもある。しかし、禍は突然のようにやってくる。在日米軍基地が目標ということは、日本の領土に落下させ、日本人に被害を及ぼすということでもある。
 こうした事態を抑止することは、自衛隊や防衛企業だけで為し得るものではない。国家の総力を結集した防衛態勢の確立には、理論研究を行っている大学や研究機関などの協力も不可欠である。
 しかし、防衛省が先端研究を助成するために平成29年度から設けた「安全保障技術研究推進制度」に、当初は意欲を示していた多くの大学も、日本学術会議の声明を受けて、二の足を踏み始めている。

 個人的な思想信条から会員の中にも反対者がいるであろうが、「軍事目的の科学研究は行わない」とする声明は自縄自縛に陥る危険性を内包しているように思えるがいかがであろうか。

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