2017年12月15日金曜日

日本のミサイル装備とサイバー戦略 ~付編アジア情勢~

米国から買うより日本で造るべき長距離巡航ミサイル

兵器や装備を生み出す力も国防力の重要な要素
北村淳
航空自衛隊が調達を予定しているF-35Aステルス戦闘機(出所:航空自衛隊)

 日本国防当局は、航空自衛隊の戦闘機から発射する長距離対艦巡航ミサイルを導入することを発表した。ミサイルの種類としては、空自で調達が開始されている最新鋭F-35Aステルス戦闘機に搭載する「JSM」(ノルウェー、コングスベルグ社製)、空自の現主力戦闘機F-15Jを改装して搭載可能な「JASSM-ER」「LRASM」(共にアメリカ、ロッキード・マーチン社製)がリストアップされている。
方向性は島嶼国家防衛の鉄則に合致している
 小野寺五典防衛大臣によると、「海上自衛隊艦艇を攻撃しようとする敵艦艇を、敵のミサイル射程圏外から、空自戦闘機が発射する長距離巡航ミサイルで攻撃することが可能となる。とりわけ北朝鮮の弾道ミサイル防衛に従事するイージス駆逐艦を防御するために、この種の長射程ミサイルの導入は不可欠である」という。

アメリカ空軍機によりテスト中の「JSM」(オレンジ色のミサイル、写真・米空軍)   
たしかに、現在空自が保有している空対艦ミサイル(93式)、海上自衛隊が保有している艦対艦ミサイル(90式)、そして陸上自衛隊が保有している地対艦ミサイル(88式、12式)はいずれも最大射程距離が200キロメートル以下であり、中国海軍の最新式艦対艦ミサイルや艦対空ミサイル、それに対地攻撃ミサイルの射程圏外から、中国艦隊を攻撃することはできない。
 それらの現有対艦ミサイルと違い、JSMの最大射程は500キロメートル、JASSM-ERの最大射程は930キロメートル、そしてLRASMの最大射程は560キロメートルであり、最大射程400キロメートルの対艦ミサイルを装備している中国海軍艦艇と海上自衛隊が戦闘を交える際に、中国艦艇の攻撃射程圏外から中国艦艇を攻撃することが可能となる。このようなスタンドオフ対艦ミサイルを装備することによって、海上自衛隊艦艇の防御が強化されることは間違いない。ただし、「北朝鮮の弾道ミサイル防衛に従事する海自イージス駆逐艦を防御するために、スタンドオフ対艦ミサイルが必要」という説明は意味不明であり説得力に欠ける。なぜなら、北朝鮮の弾道ミサイルは、アメリカが北朝鮮に先制攻撃を加えない限り、日本に対して撃ち込まれることはあり得ない。すなわち、上記の説明は、北朝鮮を中国軍が支援して日本と戦闘を交える状況にしか該当しないからだ。
 だが、このおかしな説明部分には目をつぶれば、「日本に軍事侵攻を企てる中国艦艇や航空機が装備する各種巡航ミサイル(対地、対艦、対空)の射程圏よりも長射程の巡航ミサイルを手にする」という方針は、「敵海洋戦力を日本の領域からできる限り遠方で撃退し、日本領域に寄せ付けない」という島嶼国家として遵守すべき原則に合致した正しい国防方針ということができる。
日本にも造り出す能力はある
 しかし、国防当局の姿勢には大きな疑問も付きまとう。なぜ、その方針を実施するための道具を外国から調達するのかという疑問である。
 小野寺大臣が公言しているように、海自艦艇の作戦行動の安全性を確保するのが、JSMJASSM-ERLRASMを輸入する目的であるならば、敵のミサイル射程圏外から敵艦艇を攻撃可能なスタンドオフ対艦ミサイルを日本自身が開発して調達すればよいのである。
もちろん、日本にそのような長射程巡航ミサイルを開発する技術力が存在しなければ輸入に頼らざるを得ない。しかし、上記の射程距離200キロメートル以下の各種対艦ミサイルはそれぞれ射程距離や精度の向上が図られており、政府がゴーサインを出せば、技術的には中国海軍に対するスタンドオフ対艦ミサイルを開発する技術力・製造能力を日本は保有している。
実戦配備まで時間がかかりすぎる
 また、「日本周辺、東シナ海、そして南シナ海の軍事情勢は緊迫の度合いが急激に高まっており、一刻も早く長射程対艦巡航ミサイルを手にする必要がある。日本独自の各種長射程対艦ミサイルの開発を待っていたのでは遅いため、JSMJASSM-ERLRSAMを輸入する」というのであれば、それも理に合わない。なぜならば、それらの外国製スタンドオフ対艦ミサイルの実戦配備が可能になるのは、どんなに早くとも45年は待たなければならないからだ。
 ノルウェーのコングスベルグ社が開発中のJSMが作戦運用可能になるのは2025年とされている。また、それを搭載する空自の新鋭F-35A戦闘機も、2021年以降に予定されているバージョンアップを経なければJSMを搭載することができない。JSM同様、ロッキード・マーチン社が開発中のLRSAMが実戦配備が開始されるのも数年後からである。当然ながら、アメリカ空軍から調達配備が開始されるため、空自が手にするにはさらに年月がかかることになる。
 JASSM-ER(米国内での調達価格は11359000ドル)は既に実戦配備されている。しかし、JASSM-ERを搭載する予定の空自のF-15J戦闘機は、敵戦闘機との戦闘を想定して設計されている。そのため、艦艇や地上目標を攻撃するためのF-15E戦闘爆撃機に相当する能力を持たせるように大改装しなければ、JASSM-ERを運用することはできない。このような大改修を多数の戦闘機に施すには、かなりの年月と莫大な費用がかかる。つまり現在実戦配備中のJASSM-ERといえども、空自が実戦配備するまでには数年は必要となる。
要するに、「国産の各種対艦ミサイルの射程を延長させてスタンドオフ対艦ミサイルを生み出すには時間がかかるため、手っ取り早く実戦配備するために海外から輸入する」という理由には説得力がないのである。アメリカやノルウェーからスタンドオフ対艦ミサイルを調達して、空自に実戦配備されるまで45年近く、あるいはそれ以上も年月を要するのであるならば、むしろ日本自身が現有の対艦ミサイル技術を基にしてスタンドオフ対艦ミサイルを生み出した方がはるかに早く配備でき理にかなっている。
兵器の安易な海外依存は危険
 兵器や防衛装備を外国製に依存しているのは、食料や飲料水を海外に依存しているのと類似している。もし、供給国の都合で重要部品などの供給がストップした場合、それらの輸入兵器は使用できなくなってしまう。
 今回のスタンドオフ対艦ミサイルを海外から調達するという発想に限らず、日本政府は、主要兵器や各種装備を安易に輸入(それも主としてアメリカから)に頼ろうとする傾向が強すぎる(参照:本コラム「不可解極まりない『時代遅れのAAV-7』大量購入」)。
 そもそも、国防力とは、軍隊の規模や能力だけでなく、兵器や装備を生み出す力も重要な要素であることを日本国防当局は失念しているのではなかろうか?
 日本自身が生み出す技術力の製造能力を保有している兵器や防衛装備に関しては、国際常識に合致させて、極力日本自身の努力によって造り出さねばならない。日本政府は、スタンドオフ対艦ミサイル導入という正しい政策を実現させるために、安易に外国製ミサイルを輸入するという誤った手段を撤回する必要がある。



《維新嵐》まず長距離巡航ミサイル導入配備を決断したことに前向きな評価をしたいと思います。クラスター爆弾を自ら廃止してしまった愚により低下したであろう対地攻撃能力を向上させることになるはずです。また対艦攻撃、とりわけ共産中国が保有する空母への威嚇に十分効果を発揮していくのではないでしょうか?
国産の方が配備に融通がきくのは間違いないところでしょうが、我が国が巡航ミサイルを配備することは過去に例のないことを考えると巡航ミサイル購入にあわせて、運用するノウハウというソフトウェアを学ぶことも不可欠となる。まずは外国製を購入がベターかとは思います。

どちらかといえば↓の方が早急な対策ではないでしょうか?
予算以上に早急な国防対策といえるでしょう。

「サイバー防衛局」見送りへ、新設の余地乏

しく官邸が難色か 

「攻撃で大規模交通事故も」と疑問の声
政府が総務省の要望していたサイバーセキュリティー専門局の新設を見送る方向で最終調整に入ったことが201712月9日、分かった。モノのインターネット(IoT)時代の到来でサイバー攻撃の危険性の増大が懸念され、総務省は省庁で初のセキュリティー専門局を新設して対策を強化する考えだった。だが、政府全体の局数が法律で定められており新設の余地が乏しいことなどから、官邸が難色を示しているという。
 北朝鮮などからのサイバー攻撃リスクも高まる中、局の新設を見送り対策がおろそかになれば、政府の姿勢が問われることにもなりかねない。
 総務省が新設を目指す「情報セキュリティ政策局」は、これまでの課から局に格上げし、人員拡充を図るなど体制を整備して、政府全体のサイバー攻撃対策を強化するためのものだ。総務省は、さまざまな機器がインターネットにつながるIoT時代では、想定していなかったような大規模なサイバー攻撃が起きる恐れがあるとみている。


局新設の構想は高市早苗前総務相が掲げて、野田聖子総務相が引き継いだ。総務省は8月末に平成30年度の機構・定員要求で新設を求め、官邸と調整を進めてきた。「高市氏は麻生太郎財務相や菅義偉官房長官とも今年4月から交渉を進めてきた。麻生氏から内諾を得ていたようだ」(総務省関係者)。しかし、政府全体の局の定数が残り2つしかないことなどを理由に官邸は、新設を見送る方針を示してきたという。局の定数は国家行政組織法で97と定められており、現在の局数は95に達している。官邸は代案として、総務省のサイバーセキュリティー担当の政策統括官の下に参事官を増員するなどの体制強化を検討しているという。
 サイバー攻撃に詳しい政府関係者は「例えば準天頂衛星の『みちびき』が攻撃を受けると滑走路や道路などの誤情報を流せる。そうなれば飛行機や自動車の大規模な事故も起き得る。対策の強化は急務だ」と見送り方針を疑問視している。

《維新嵐》総務省の傘下組織、天下り組織というのが気に入らないです。官邸サイドもそれを気にしたのかもしれません。サイバー防衛戦略は官邸、内閣府に集約させるべきでしょう。内閣に情報局をたちあげて防衛省のサイバー防衛隊を実行部隊としたSIGINTセクションとするのがよいかと思います。省庁のサイバー戦略を横断的にまとめあげ内閣府で一括的に運用する、国のサイバー戦略をふくめたSIGINTの戦略は、内閣府が政治主導する形でなければ、無意味な官僚利権として天下り機関となり有名無実化することは明白です。そうなったら予算をドブに捨てるようなものです。SIGINTの戦略は、自衛隊の国防と同じくらい重要な意味をもちますから、官僚の利権のダシにされることはあってはなりません。


【アジア情勢を概観】

米中の勢力は、いまだ米優位
米国がもつ「4つのエース・カード」

岡崎研究所
 米ハーバードのジョゼフ・ナイ教授が、2017113日付け英フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿した論説で、米国は地政学、貿易、エネルギー、通貨の分野で大きな優位を維持しており、対中国優位は現政権下でも変わらないと、パックス・シニカ論に反駁しています。要旨は次の通りです。

先の中国共産党大会により習近平は新たな皇帝になったと言う人もいる。習近平は中国を「偉大で強力な」大国だと呼び、一帯一路構想を売り込んだ。
 米国は嘗て世界最大の貿易国、二国間資金貸付国だった。今日100以上の国にとり最大の貿易相手国は中国である(米国が最大の貿易相手国となっている国は57)。中国はインフラ投資に向こう10年間に1兆ドルを貸し付ける計画だ。しかし、米国は衰退し中国が地政学上のゲームに勝っていると言う論者は正しいのだろうか。
 米中が持つカードを見れば、米国に賭けた方が得だということが分かる。米国には四つのエース・カードがある。第一のエース・カードは地政学である。トランプはNAFTA敵対という間違った政策を取っているものの、米国は大洋と親米の隣国に囲まれている。中国は14の国と国境を接し、そのソフト・パワーにとりマイナスとなるインド、日本、ベトナムとの領土紛争を抱えている。
 次のカードはエネルギーである。嘗て米国はエネルギー輸入国だった。しかしシェール革命のお陰でエネルギー輸出国になり、IEAは北米が向こう10年の間にエネルギー自給を達成するとの見通しを出している。他方で中国は中東依存を高めている。輸入石油は米国が海軍プレゼンスを維持する南シナ海を通らねばならない。この脆弱性を克服する方策は三つしかない。供給ルート確保のために米国との海軍対立を回避するか、ロシアからの天然ガス依存を高めるか、化石燃料から再生エネルギーに転換し内燃機関を禁止するかである。中国は第二と第三の選択肢を追求しようとしているが、脆弱性克服には何十年と掛かるだろう。
 第三のカードは貿易である。高いレベルの経済相互依存は、米国を中国との「相互経済確証破壊」の関係において慎重にさせるが、その慎重さが失われた場合、中国の依存度の方が大きく米国より失うものが大きくなる。ランド研究所によれば太平洋で非核の戦争になった場合米はGDP5%を失うが、中国はGDP25%を失うと算定している。
 最後のエース・カードは米ドルである。世界で人民元による外貨準備はたったの1.1%にすぎない(64%が米ドルで保有)。1年前に人民元はIMFの特別引出権(SDR)基準通貨の第五の通貨となり、多くの者はこれで人民元が米ドルにとって代わる始まりだと述べた。しかし、実際には人民元による国際決済は2015年の2.8%から現在では1.9%に縮小している。信頼できる準備通貨になるためには十分な資本市場や正直な政府、法の支配が必要であり、中国はそれらすべてを欠いている。
 強いカードも向こう見ずなプレイヤーによりプレイを間違うことがある。しかしこれら四つのエース・カードはトランプ政権下でも失われずその後も続くだろう。パックス・シニカの到来と米国時代の終わりを主張する者はこれらのパワーの要素を良く勘案すべきだ。
出典:Joseph Nye,‘America still holds the aces in its poker game with China’Financial Times, November 3, 2017
https://www.ft.com/content/80961dbc-bfc5-11e7-823b-ed31693349d3
ナイは、米国衰退論に一貫して反駁してきました。米国は地政学、貿易経済、エネルギー、通貨の分野で大きな対中優位を持っていると主張しています。中国がエネルギーの脆弱性を克服する方策は、南シナ海での米海軍との対立を止めるか、ロシアの天然ガスに依存するか、再生エネルギーへの転換と石油内燃エンジンの禁止をするか、三つしかないとの議論は興味深いです。
 論説からは、トランプに批判的なナイの姿勢も行間に窺われます。
 ナイの議論には、基本的に同意できます。米国衰退論は、多分にジャーナリスティックなものです。過剰な自信を持った中国が、頻りに米国衰退論を述べ始めたことに多くの米国人は反発しました。しかし、数点指摘しておきたいことがあります。
 第一に、米国のパワーの優位は変わっていませんが、日欧や中国等との「相対的な優位」の幅は縮小してきています。その意味で、米国が政策を誤らずに、経済力、技術力などを強化していくことが重要です。例えば、米外交問題評議会のリチャード・ハース会長等は、強い外交には先ず国内を強くすることから始めるべきだと議論しています。
 第二に、ナイの四つのエース・カードに追加するとすれば、米国のリベラル・デモクラシーという価値(文化)でしょう。これこそが中国の最大の脆弱性です。中国は、民主主義や国際協調といった価値や文化を欠いています。一部の国は中国の資本が欲しいため、あるいは中国の強圧のためにその影響下に入るかもしれませんが、利益の合致は一定限度の緊密な関係の基盤になりうるとしても、信頼に基づく真のパートナーシップにはならないでしょう。この点で中国が変わらなければ、中国は真に指導的な大国にはなれないでしょう。
 第三に、米国が世界から撤退すると「役割の空白」が生じます。米国がその方向に進まないよう同盟国等が影響力を行使することが重要です。この点がトランプ政権発足当初に強く懸念されましたが、その後トランプが世界と一定のエンゲージメントをしていることは、ともかく救いです。
 しかし、貿易に関するトランプ政権への不安は解消されていません。トランプは11月の訪日の間も二国間の貿易不均衡が問題だと述べ、相互主義を強調する等、時代錯誤的な国際貿易観は変わっていません。
 第四に、習近平外交の目玉である一帯一路政策の先行きは未だ分かりません。この構想には、増える外貨をリサイクルせねば経済が回らないという防御的な側面もあります。またインフラ事業はAIIB等中国の借款で賄われますが、それは過度の中国依存や返済焦げ付きの問題を引き起こしかねません。

ジョセフ・ナイ『中国に優しい地政学』
奥山真司の地政学

共産中国をめぐる問題は存在します。完全無欠な国家経営はありません。共産中国が現体制のままで世界の覇権を掌握することは、遠すぎる道のりでしょう。

軍の改革を進めてきた習近平が抱える問題

岡崎研究所
米国在住華人によって運営されている中国情報ウェブサイト多維新聞のライターである穆堯が、1025日付けの論説で、新しく選出された中国共産党中央軍事委員会について分析しています。要旨は次の通りです。

iStock.com/Iryna_L/Ismailciydem

 20171025日、中国共産党の新しい最高指導部と同時に、中央軍事委員会の構成も決定された。観察者にとって意外だったのは、委員の数が増えるどころか減少し、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍、戦略支援部隊のトップが委員にならず、江沢民時代の7人体制に戻ったことである。
 新しい軍事委員会において、副主席は2名のままで、許其亮と張又侠が就任した。許其亮は空軍出身で、第18回党大会(2012年)で次席副主席として軍事委員会に入った。ここ5年間、許は習近平に重用され、中央軍事委員会の巡視工作領導小組組長を務め、習近平の権威を高めるのに貢献した他、2015年末に進められた大規模な軍改革においても中央軍改革領導小組常務副組長を務め、実質的な執行者として活動した。今回、筆頭副主席だった范長龍が定年退職し、許がその後を継いだ。
 張又侠は建国時の上将張宗遜の息子であり、「紅二代」だ(宮本注:習近平とは父親同士が同郷の戦友)。第18回党大会前、副主席の最有力候補と思われていたが、郭伯雄、徐才厚などの影響力、様々な利害関係のために、総装備部部長として序列末尾の委員に就任するに留まった経緯がある。張又侠は軍の中でも数少ない実戦経験を持つ軍人だ(1979年の中越戦争やその後の1984年の中越軍事衝突に参加)。張又侠は副主席として軍の訓練を担当すると思われる。
 前ロケット軍司令員の魏鳳和は副主席への昇格は叶わなかったものの、委員には留任した。委員の筆頭にあることから推測して、来年の全人代で国防部長に就任するものと思われる。国防部長は軍事外交を担当し、実権のない名誉職と言えなくもないが、1993年以来、総参謀部長と総装備部長が交替で就任してきた。今回の党大会前には、統合参謀部参謀長の房峰輝が国防部長になると思われたが、党大会代表の名簿にも掲載されず、摘発されて調査を受けていると報じられた。この状況での魏鳳和の国防部長就任は順当であろう。
 他の3名の委員はそれぞれ聯合参謀部参謀長の李作成、政治工作部主任の苗華、中央軍事委員会規律検査委員会書記の張升民だ。これらの人選も順当である。聯合参謀部と政治工作部はもともと「半レベル高い」総参謀部と総政治部の直接的な後継組織であり、その責任者が軍事委員会に入るのは自然である。中央軍事委員会規律検査委員会書記が軍事委員になるのも当然だ。習近平政権の五年の間、もっとも目立った活動は反腐敗であり、軍内においても例外ではない。その中心となった規律検査委員会の地位は向上している。2015年の軍改革で規律検査委員会が政治工作部と分離し、格上げされたことで、権限が拡大した。
 第19期中央軍事委員会の構成は完全に変更され、胡錦濤時代の四総部(総参謀部、総政治部、総装備部、総後勤部)及び各軍種の責任者が軍事委員会入りする伝統は放棄され、江沢民時代の構成に戻った。規模は11人から7人に縮小された。五大戦区、五大軍種及び軍事委員会に属するその他の組織の責任者はもはや中央軍事委員会に入れないことがわかった。この変化は、部門利益によって軍事委員会主席の権限が弱体化することを抑止し、軍事委員会の意思決定機能を強化するであろう。
出典:中央委大瘦身 重返江期体制(多維新聞, October 25, 2017
http://news.dwnews.com/china/news/2017-10-25/60019657.html
今回の中央軍事委員会の人事は、習近平による人民解放軍改革の一つの集大成を示しています。習近平の軍改革は、軍令は基本的に制服に残しつつ、軍政(人事と管理)は中央軍事委員会に集中させるものでした。陸軍中心の8大軍区を、統合作戦を可能とする5大戦区に改変し、4総部体制も15機関体制に変え、個々の組織の力を削ぎました。腐敗体質を改め、現代戦を戦えるようにする軍の大改革でした。人事も急速に進め、自分の息のかかった人物を多く登用しました。中央軍事委員会の6人の制服組の内分けは、陸3、ロケット2、空1となりましたが、もはや誰も正面から習にノーと言える人物はいません。
 習近平は、党中央の核心となり、人民解放軍の最高統帥となり、ついに習近平思想が党規約に盛り込まれました。中央軍事委員会も、政治局常務委員会と同様、もはや胡錦濤時代のように多数決で物事が決められることはありません。人民解放軍についても名実ともに習近平の軍隊になったと言うことができます。
 しかし、党全体に対する習近平の権力集中により生じる問題と同じ問題が、軍においても起こり得ます。例えば、中国専門家で米クレアモント・マッケナ大学教授のMinxin Peiは、Foreign Affairs誌のウェブサイトに111日付けで掲載された’China’s Return to Strongman Rule-The Meaning of Xi Jiping’s Power Grab`と題する一文で、「習に対する党の抵抗は官僚機構から起こり、それは権益ネットワークの再構築を習が許さない限り、官僚機構の忠誠心は去る(という形をとる)」と言っています。そして「官僚たちは、上の政策の実施をサボタージュすることになり、その結果、経済がスローダウンすれば習の権威もたちどころに失われることを官僚たちは知っている」と言います。これは、適切な観察と言ってよいでしょう。
 人民解放軍においても、この「権益のネットワーク」をどう処理するのかという問題があります。「戦い、勝つ」軍隊にするためには、動機付けが不可欠ですが、高邁な理念や「夢」で動く人の割合は世界中どこでも多くはありません。金銭的な動機付けが激減した分だけ対外強硬路線で埋め合わせる、などということだけは勘弁願いたいものです。




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